Nicotto Town



自作1月/追憶  「走馬灯」 後編

 

「おまえのせいだ!」


 家の敷地に入るなり。おれはおじさんにぶんなぐられた。

「ロミナはおまえとの結婚のために銀狐の毛皮をとりにいった! そんでグライクライにやられちまった!」

 銀狐はめずらしい生き物だ。その毛皮はおそろしい価値がある。ロミナはおれにそいつのえりまきを贈ると言ってきかなかった。それが嫁入りの持参金の代わりだって。
 そしてグライクライは最近、村の周辺に出るようになった生き物だ。
 熊みたいなやつだが、冬眠しない熊なんてまったくもって異常なもの。きっと魔物にちがいないとみんな警戒してた。
 ロミナはそいつの、初めての犠牲者になってしまった。
 銀狐をとりに裏森に潜って、そこで――
 彼女の不幸を知らせたのは賢い猟犬。狩りのときいつも連れていた頼もしい相棒だ。家族に急を知らせて、主人が倒れたところまで案内したらしい。
 百人ぽっきりの村はそれで九十九人になり。おれはロミナの家族にえらく恨まれた。

「だからわしは結婚に反対したんだ! 赤毛のもんなど、不幸を呼ぶってな」
「赤毛、あんたしばらく姿を見せないでおくれ」

 おれは、名前でよばれたことがほとんどない。
 百人ぽっきりの村で赤毛なのはおれひとり。あとの九十九人はみんな金髪だ。
 半分他の土地のやつの血が入ってるおれは、村では異端児。土台、ロミナとの付き合いはロミナの家族には歓迎されてなかった。
 恋人のなきがらを見ることも許されず、おれはこれで完全に村八分。

 ここで生きていくには名誉を挽回しないといけない。
 ロミナの仇をとればきっと。グライクライをやっつければきっと。
 みんなはおれを許してくれる――


 おれは走った。
 泣きながら走った。手には槍。背中には弓矢。腰にはナタ。持てる限りの武器をもって、雪道を走った。グライクライが徘徊する裏森へと、がむしゃらに。
 敵はすぐに見つかった。
 おれはおもいきり、黒い毛むくじゃらの魔物に槍を投げた。でもそれははずれた。
 おれは次に弓矢を放った。でもそれも、ぶざまにはずれた。
 最後にナタで切りかかったけれど。でもそれも、魔物の腕であっけなく弾かれた。
 武器を全部失った瞬間、おれは相手の大きな腕で薙ぎ払われてすっ飛んだ。

 痛い。
 痛い。
 死ぬ。
 腹から何か出てる。ああ、切り裂かれたのか。
 でも死ねない。仇を取らないと。倒さないと。
 ロミナ。ロミナ。
 好きだった。
 あいつだけはおれのことを、あだ名でよばなかった。
 ちゃんと名前をよんでくれた。
 だからおれはこいつを殺す。ぜったいに殺してやる――


「うあああああああ!!」


 頭を抱えて跳ね起きると、おれはまっしろな寝台に寝かされていた。
 周りは本。本。本。本がぎっしりつまった棚がひしめいている。
 ここは……百人ぽっきりの村じゃない。 

「戻って、きた?」

 かたわらに、赤胴色の衣をまとった男がいる。

「ここに運び込んで十分。蘇生にかなり時間がかかりましたが。記憶は見えましたか?」

 無表情なその顔がおれを冷たく見下ろす。

「あ……はい……生まれ故郷の村が……見えました……」

 すっぱだかの体には、傷が癒えた跡がいくつもある。筒を刺されて穴があいたはずなのに、今はもうすっかりその傷が埋まっている。首はまだ傷とおぼしきものかぽっこりついているが、まったく痛くない。

「おさななじみが殺されて……おれはその仇をとりました。魔物を倒して……」
「ほう? どうやって?」
「武器もなんにも効かなかったので、おれは……敵と同じものに……」
「なるほど」

 そのときはじめて、おれを見下ろす男は口元をゆるめて。目も山のようにして微笑んだ。

「敵の力を複製したのですね」
「え……そうなんでしょうか」
「では、あなたが見た記憶を、見せていただきましょう」
「う? うあああ?!」

 男の手が、おれの顔に伸びてきて――

「うあああああ!!」

 おれの目をえぐった。ぶちりと、何かが切れる音が目の奥で響く。

「心配はいりません。あなたの左目は義眼なのです。これはあなたが見たものをすべて記憶する、情報集積回路。ルファの瞳と呼ばれるもの。韻律を唱えてのぞきこめば……」

 男の顔がほころぶ。まるで花が咲いたように。

「あなたの本体から採った血で培養生成されたあなたには、本体の記憶がちゃんと残っている。情報は遺伝子の中にも伝達されるのです。ふふふ、じっくり見せていただきましょう。金槌遺伝子の複製能力を――」

 おれは片目がなくなった顔をおさえて、寝台に倒れた。
 ずきずきと頭が傷んだ。目の奥が焼けているようで、とても起きてなどいられなかった。
 踵を返して、男は本だらけの部屋を出て行く。
 おれに背を向けたまま、そいつはおれに冷たく言葉を投げた。

「これから存分に働いてもらいます、我が子よ。その力をもってして、世を正しなさい」

 満足げな笑いが漏れると同時にばたんと閉められた扉にむかって、おれは呻いた。
 返事をしないといけないと思ったからだった。

「はい……」 

 なぜならあの男はおれの創造主。おれはあの男に造られたモノ。
 だれかの血によって培養され、たった数ヶ月で作り出されたしもべ。
 だからおれは答えた。扉の向こうにいるだろう主人にむかって。

「わかり、ました……おとう、さま」




 それからひと月たたぬうち。おれは男の住まう塔から出された。
 父たる男から命じられたことを果たすため、おれは大陸へ渡る船に乗った。 

『その力をもって、世を正しなさい』

 力。
 あれを使うのか。
 白い塔がそびえる島を背にするおれの脳裏に、記憶がのぼってきた。
 おれのものではない。おれの本体のものである情報が。
 おれの本体は島にしばらく滞在したが、つい先月、エティアという国へ帰ったそうだ。今はそこの王宮にいるらしい。 
 おれの行き先はそこだ。そこに、標的がいる――

 潮風がみるみる、船の帆を押す。
 かもめがたくさん、けたたましく鳴きながらついてきた。
 旅立ちを祝福してくれるかのように船の両脇につき従い、次々海面に降りて波を裂く。
 中の一羽が鉤型の口でみごと、魚をとらえた。あわれな獲物が銀のきらめきを放つ。
 その光がおれの目を刺した。
 ずさりと深く。心の臓に届くほどに。


 ――走馬灯 了 ――

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2018/02/13 22:53
ここで描かれた人が初代として、
つくり出された人が二代目?
主人公は「n」代目……

魔導士と戦って、ぜひ、勝って欲しいです
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2018/02/07 21:48
そして両者があいまみえるんですね。
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2018/02/07 00:29
無敵だと思っていた、おばちゃん代理が…
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2018/02/04 12:38
こんにちは♪

コピーがオリジナルを襲う。
オリジナルといっても改訂版ですが^^;

命を狙われるまでになったおばちゃん代理。
もう、原型は無いのかもしれません^^;

この間の月食は暗い赤銅色でした。
寒かったけれど良いものを見られました^^
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2018/02/03 20:46
主役の名前が出ないままだったんですね。
エティアの王宮にいる主役の本体、この先自分の分身に命を狙われるんですか。

なかなか痛そうな表現が多くてちょっとドキドキでした。
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2018/02/02 20:18
世を正せとこの赤銅色の衣の人は命じているけれど、
本当にそれが目的なのかなぁ。
自作の紙飛行機がどこまで飛べるかのか投げてみる、みたいな
そういう学術的好奇心のような気がするのは、うがち過ぎだろうか。
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2018/02/01 16:13
ん、世界観は同じだけど
おばちゃん代理の話……?
それにしても、
なにやらオドロドロしいにゃあ
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2018/02/01 06:13
複製が上手く行ったみたいですね。

でもこれどう言うお話に成ったのかな?




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