銀の狐金の蛇26 「死神」(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2018/02/22 18:57:01
前回、胸にずさーっと装置の棘が刺さり、死んでしまったソムさん。どうなる……
******************
おそるおそる、下を見る。
足元に広がっているのは、一面銀色の平面。
まったいらで、なめらかで、さざなみひとつない。
(これは、鏡か?)
……否。おのれの姿は映っていない。
この平面はなんだろう。
おそるおそる、爪先を入れる。
足元に広がっていくのは、いくつもの波紋。
ゆるやかで、なめらかで、とめどない。
(これは、水鏡か?)
……否。おのれの姿は映っていない。
(湖?)
(湖上にいるのか?)
周囲を見渡せば、山。山。山。それと、邑(むら)。ユインの邑だ。
水は神殿があったところをすっかり覆い、まるで円い鏡のようになっている。しかし水の浸出はほとんど止まったようだ。周りの家々にまで広がる気配はない。
岸辺にユインの民がむらがっている。人だかりの中央にいるのは……
……否。おのれの姿は映っていない。
(湖?)
(湖上にいるのか?)
周囲を見渡せば、山。山。山。それと、邑(むら)。ユインの邑だ。
水は神殿があったところをすっかり覆い、まるで円い鏡のようになっている。しかし水の浸出はほとんど止まったようだ。周りの家々にまで広がる気配はない。
岸辺にユインの民がむらがっている。人だかりの中央にいるのは……
(なんと私だ)
胸から血を流して絶命しているおのれに、弟子がすがって泣きじゃくっている。その横には息も絶え絶えのロフ神官。こちらには国主が取りすがって必死に声をかけている。
ソムニウスはハッと気づいた。水は……にごっていない。とても澄んでいる。
おのれの姿が映っていないのは、肉体がないから。魂がすっぽ抜けているのだ。
(戻らねば!)
ソムニウスはあわてて手足を動かした。岸辺に近づこうとするが、うまく動けない。
突如。ぐいと、頭が引っ張りあげられる感覚がした。
(浮き上がる?)
振りあおげば、空は、まっ白――。
幽体離脱したときと似ているが、もっとはっきりとした上昇感が襲ってくる。
(くそ。どんどん昇っている。とまらぬ!)
焦るソムニウスの目の前に、丸いものが浮かんできた。しゃぼんの泡のように大きくぼやけた玉だ。
玉はいくつもいくつも、遠ざかる足元の銀面から立ち昇ってくる。その中に幻像が映っている。
うすくれないに咲き誇る桜。
『花散君(はなちるきみ)さま! 地下座敷へお逃げください!』
叫ぶ乳母。
『逃げて!』
泣き叫ぶ母。
吹雪ふぶく桜の花びら。銀の刀のきらめき……。
夢ではない。これは記憶だ。死ぬ前に走馬灯のようにかけめぐるといわれる、人生の思い出。
いくつもの幻影玉が昇ってきて、ソムニウスの周囲を取り巻いた。
老いても若返っても、バカにしたような顔のレヴェラトール。
いつもありがたい言葉をくれる細手の親友。
三代に渡ってソムニウスを悩ませた、金獅子家の師弟たち。
『チル!』
なつかしい師。それから……
『ソムニウス! また他の子に色目を使いましたね?』
とんでくる平手。
(カディヤ!)
『今日という今日は、許しませんから!』
『ほら、これで身支度は完璧です』
『飲みすぎは体に毒ですよ』
幻影玉の多くに、巻き毛の子が映っている。
幼いカディヤ。赤い服をちんちくりんにしたカディヤ。大きくなったカディヤ。
笑顔。怒り顔。泣き顔。困り顔。ありとあらゆる弟子の姿が、たくさんの玉の中に映っている。
ソムニウスは手を伸ばして、いとしい思い出の玉を抱きしめようとした。しかし触れたとたん、玉はしゃぼんのようにぱちんとはじけて消えてしまった。
驚いてウッと手をすごめたそのとき。とりわけ大きな玉が目の前に迫ってきた。
(なんと巨大な……しかしこれは? 下からじゃなく上から降ってきたような?)
のぞきこむと、白い死装束を着たおのれがいる。黒き衣の長老たちに先導され、小船に乗って湖を渡っている。
(ん? 私が寺院に入った時の記憶か? ……おお?!)
不思議なことにその玉はどんどん広がり、ソムニウスを包み込んだ。まるで布で包み込むように四方が広がっていく。周囲の景色が、幻影の景色に染まる――。
とんでくる平手。
(カディヤ!)
『今日という今日は、許しませんから!』
『ほら、これで身支度は完璧です』
『飲みすぎは体に毒ですよ』
幻影玉の多くに、巻き毛の子が映っている。
幼いカディヤ。赤い服をちんちくりんにしたカディヤ。大きくなったカディヤ。
笑顔。怒り顔。泣き顔。困り顔。ありとあらゆる弟子の姿が、たくさんの玉の中に映っている。
ソムニウスは手を伸ばして、いとしい思い出の玉を抱きしめようとした。しかし触れたとたん、玉はしゃぼんのようにぱちんとはじけて消えてしまった。
驚いてウッと手をすごめたそのとき。とりわけ大きな玉が目の前に迫ってきた。
(なんと巨大な……しかしこれは? 下からじゃなく上から降ってきたような?)
のぞきこむと、白い死装束を着たおのれがいる。黒き衣の長老たちに先導され、小船に乗って湖を渡っている。
(ん? 私が寺院に入った時の記憶か? ……おお?!)
不思議なことにその玉はどんどん広がり、ソムニウスを包み込んだ。まるで布で包み込むように四方が広がっていく。周囲の景色が、幻影の景色に染まる――。
「チル!」
呼び声が聞こえてきた。目の前にだれかがくる。ものすごい勢いでやってくる……
はるか昔にみまかった亡き師。ヒュプノウスだ。
「おいでチル!」
黒き衣の師は、両手を広げて走り寄ってきた。満面の笑みを顔にうかべながら。
「チル、会いたかった!」
目の前に来た師は、初めて会った時そのままにたいへん若々しかった。栗色の髪まぶしい、ため息がでそうなほどの美丈夫だ。
これは記憶の一場面だろうとソムニウスは思った。寺院についたばかりのチルを、ヒュプノウスが強引に弟子にしたときのことであろうと。
これから師は長老たちを説き伏せて、白装束を着たチルを選びとる。広場でお披露目をせずに弟子にしてしまい、抱き上げて私室へ連れて行くのだ。チルは師の私室に本当に「毛皮を敷いた箱」が用意されているのを見て、度肝を抜かれる……はずなのだが。
「何をキョロキョロしているんだ? チル?」
「あ、お師様、私がいないんですけど? 白い死に装束をきた小さな子が、どこにも……さっきまでいたのに」
「ここにいるじゃないか」
「え? あれっ?!」
ソムニウスはおのが身を見下ろしてたじろいだ。いつのまにか背が縮み、十歳ぐらいの体型になっていて白装束を着ている。なんと今のおのれ自身が、記憶の中のチルになっている。
「さあ、行こう」
ソムニウス――否、小さなチルは、黒き衣の師にひょいと抱き上げられた。黒い衣の袖がぶわりと目の前で広がる。あたりが闇夜に覆われる――
「白雲で君のための箱を作ったよ、チル。とてもふわふわだ」
「え? 毛皮じゃなくて雲?」
「毛皮よりずっとずっと心地よいと思う。もちろん毛布もおもちゃも完全完備だ。綿菓子もたっぷり用意している。何より眺めがいい。床の割れ目から、下界が見えるんだ」
「下界って……え?! こ、これは記憶と違う。いや、抱っこしてもらったのは同じだが、こんな会話じゃなかったぞ?」
「そりゃそうだろう。たった今の、現実のことだからね」
上機嫌でニコニコの師が、あわてふためく小さなチルの額におのが額をこつりとくっつけてくる。
泡を食ったチルは、今言われたことを必死に理解しようとつとめた。
「な? なんだって? これは、げ、現実のこと?」
「そうだよ。ここはそなたの記憶じゃない。私の意識の中だ」
「お、お師様の意識の中?!」
「そう。私の意識で、そなたの魂をくるんだ。チル、私は天の雲間からそなたを迎えに来たんだよ」
あんぐりと口を開けるチルに、師は囁いた。
「天上の雲間から、いつも見守っていた。でも寺院はほら、結界の守りが固いだろう? 声をかけてやりたくとも、さすがにそこまではできなくてね」
ヒュプノウスの体が浮いた。師はチルを連れ、そそり立つ岩壁をふわふわ飛んで登りだした。
「だから仕方なく、赤服の天使にチルを護らせるがままにしていたんだ。いつもハラハラして君を見ていたよ。でも君は今、寺院の外に出ている。だからもう、遠慮はしない」
師はどんどん上へ昇っていく。チルはあわてて手足をばたつかせた。
「お、お師様、地上に戻ってください!」
チルは必死にもがいたが、抱きしめる師の腕は強固な牢獄よりも固かった。
「やだ! いやだお師様! 戻ってください。地上に戻ってください!」
「だーめ」
師の唇がにやりと引きあがり、くすくす笑いが漏れてくる。
「天からじっとそなたを見守りながら、一体何年待っていたと思う? 『そのとき』がくるのを、私はずっと我慢して待っていたんだからね?」
「そ、そのときってもしかして」
「チルが天使を守りきって死ぬ時だ。でも大丈夫。チルは私と契約をかわしただろう? 天使の命とひきかえに、私のものになるって。だから輪廻はしないよ。これから雲間にある私の住まいで、ずっと一緒に暮らすんだ」
「契約っ?!」
「お、お師様、地上に戻ってください!」
チルは必死にもがいたが、抱きしめる師の腕は強固な牢獄よりも固かった。
「やだ! いやだお師様! 戻ってください。地上に戻ってください!」
「だーめ」
師の唇がにやりと引きあがり、くすくす笑いが漏れてくる。
「天からじっとそなたを見守りながら、一体何年待っていたと思う? 『そのとき』がくるのを、私はずっと我慢して待っていたんだからね?」
「そ、そのときってもしかして」
「チルが天使を守りきって死ぬ時だ。でも大丈夫。チルは私と契約をかわしただろう? 天使の命とひきかえに、私のものになるって。だから輪廻はしないよ。これから雲間にある私の住まいで、ずっと一緒に暮らすんだ」
「契約っ?!」
お読み下さりありがとうございます。
凶星もちでうまれてきて花散君なんて名付けられちゃった隠蔽子の、
チルの部分を呼び名にするとか、レヴェラトールはほんといけずだよなぁと思いますw
ハナちゃんとかにしてあげればよかったのに…
(寺院の弟子さんたちは入院するときに、自分の名前の一部をとった名前を最長老から名付け直されます)
「チル褒めて」ww
ですです、まじでそう思ってますw
お師さんの的確な分析、ありがとうございます(嬉)
お読み下さりありがとうございます。
夢の中でなし崩しに承諾させられてしまったという、
およそ詐欺のような契約です^^;
随分可愛らしい響きの名前だなぁと思っていたのですが、
「散る」って呼ばれていたとすると、
なんか、うーん……ちょっと不吉なようなw
捨丸みたいなものなのだろうか。
或いは「ちゃんと散って、追いかけておいで」という言霊なのか。
ヒュプノウス師、昔からなかなか強かで
性格悪い(褒めてます)人だったけど、流石だなぁw
ご本人としては、
「ここまで我慢したよ、偉いでしょ。チル褒めて!」
くらいには思ってそうで笑えますw
怖くて美しくて何か憎めないお人だなぁ。