銀の狐 金の蛇28 「女神」後編
- カテゴリ:自作小説
- 2018/02/27 10:24:47
こうして夢見のソムニウスは見事よみがえり、おのが目で新しく湧いた湖を見ることができた。
地下から汲まれる水の勢いは、強くもなく弱くもなく。地に沈んだ神殿をすっぽり水に埋めて輝いていた。
「ソム! すごいです、ソム!」
嬉し涙に濡れる弟子は、この上なく師をほめ称えた。
彼の目には女神の言う通り、師の体が炎につつまれ、燃え盛っている様だけが映っていたらしい。
「そなたが呼んでくれたからだ、カディヤ」
「不死鳥の精霊かなにかと契約してたんですね。すごいです!」
「いやそのまぁ……そうだな。あれは不死の大精霊だ」
喉もとまで女神のことが出かかったが、ソムニウスはこらえた。
弟子が炎の正体を知ったら、大精霊は女神を切りはなしてしまうかもしれない。
それにソムニウスにとって、恋人の生みの親は、永遠の「宿敵」だ。弟子自身には、あまり思い出してもらいたくない存在である。
今回また貸しをつくってしまったし、深く感謝もしているけれど。だがいつの日かきっと、ソムニウスは「生みの母」に完全勝利すると心に誓っている。この勝負だけは、譲れない。
(勝つにはもっと強くならねばなぁ。助けてもらわずともよいように)
焼けてなくなった黒き衣のかわりに、夢見の導師は黒いシャツと黒染めのもんぺをまとった。
神殿と一緒に沈んでしまった黒い毛織の外套と杖のかわりには、黒い熊の毛皮をはおり、まあたらしい木の杖を持った。それらはすべて、国主がみつくろってくれたのだが。かなり焦げ臭くなった革の手袋をとりかえることだけは、しなかった。
「でも穴もあいてますし。新しいものを手に入れますから」
「いや。これはお守りのようなものだよ、カディヤ。決して捨てぬ」
「ソム……」
時をかけて、国主は気丈に若君とメイメイの葬儀をとりしきった。
神官たちが鎮魂の祈りを唱える中で舟の棺が荼毘にふされ、死したものたちの灰はできたばかりの湖にまかれた。
ロフ神官とフオヤンは罪人であるがゆえ、葬礼でもって送り出されることはなかった。
罪人の墓場は、山の中腹にある泥沼。古来よりそこが、ユインの罪人が埋葬される場所であるという。士長がひっそりと、翁と首のない若者のむくろを入れた二つの袋を、その沼に沈めたとき。
その岸辺には国主と白い子、ソムニウスとその弟子、女の赤子を抱いて涙をこぼすフオヤンの妻がいた。
白い子と国主はしっかり手をつなぎあい、古い弔いの歌を歌っていた。
本来、罪人に対して歌を贈ることは禁じられているらしい。しかし二人とも、大切な者を哀れむ気持ちが強かったのだろう。
『剣と盾 そろえよつわもの しろがねで
波は高し 風は強し
|永久《とわ》の船出に輝くほむら
産声あげよ 舟の旅人』
この先いったいだれをユインの国の世継ぎとするか。
国主が確固たる決断を下すのには、まだしばし時間がかかることだろう。
いまはまだ、悲しみの渦にまきこまれているから。
士長はレイレイの婚約者の罪を被ってその職務を降りようとしたが、国主は許さなかった。
『まこと罪をおかしたものこそ、裁かれるべし』
銀髪の女主人はきっぱりとレイレイの婚約者に宣じ、国外追放に処した。
片腕を落とすか追放か。罪人にじかに問い迫っての処断であった。
「フェンが罪をおかしたのは私のせいでしょう? 私を守るために若君を手にかけたんでしょう?」
レイレイは強い娘だった。事情を知るや迷いなく両親に別れを告げ、恋人についていくことを決めた。
両親は動揺したが、娘の決心は固かった。
「フンリィはどうするの? 一体だれが、あんたたちを祝うの?」
「母さん、フェンが片腕をおとされてここに残っても、遠い地に去っても、私たちはけっして式なんてできないわ。生きていいって言われただけで、大変な恩寵よ」
「それはだめ。だめよ。たくさんのキアンファに、おまえが幸せになるようにと、願いをこめたのに。あの晴れの衣を、おまえが着れないなんて……」
「母さんが作ってくれたキアンファはもっていくわ。着れないけれど一生の宝にする。いつかもし私に娘が生まれたら、きっとその子に着せるから」
母親がさめざめと泣くのにいたたまれず、ソムニウスは士長と母親に請け負った。
若い二人といっしょに下山し、彼らが新しい住まいと定めるまで見届けると。そして立会人となり、ささやかなる婚儀を挙行させると。
「そなたの娘があの衣を着てくれるがどうかはわからぬが。そのかいなには抱きしめてくれよう。のちほど、その幻像をそなたらに贈る」
それでようやくのこと、母親は娘を手放した。
しんしんと、白い雪が降りつもる日。行くあてのない追放者とその新妻は、ソムニウスたちとともに山を降りた。中にキアンファをしまった荷袋をせおって。
雪にざくざく杖を刺し、夢見の導師は山道を下った。そうしてかなりの距離を進んだとき。しまったとおのが額を打ちはたいた。
「ああ、馬! 馬をもらってくるのだった!」
帰りは絶対そうしようと誓ったのに。後ろを歩く弟子がくすくす笑う。
「おぶりましょうか?」
「いや! いやまだそんな年ではないっ」
「ソム、滑らぬように気をつけてください」
すうと背後から弟子の腕が伸びて、ソムニウスの腕をつかんで支えてくる。
師はちらとふりむいた。
音もなく降り続ける雪。山の空気はとても冷え切り、凍えそうなほど寒い。
けれども弟子はとても暖かそうにほうっと白い息を吐いている。その身に師と同じ、熊の毛皮をはおっているからだ。
じつのところ、湖の幻影を見た国主は弟子をユインの者と――一の姫とレザノフの子と認め、その証に銀ぎつねの毛皮を与えようとしたのだが。弟子は首を横にふって固辞したのだった。
しろがねの毛皮をみると、こたびの事件と、哀れな犠牲者たちのことを思い出してしまうからだった。
『僭越ではありますが。師と同じものが欲しいです』
それが、弟子の望みだった。
『どうかおそろいのものを』
――「レイレイ……すまない……レイレイ……」
「泣かないで、フェン」
「今からでも遅くない。どうか俺なんか見捨てて、|邑《むら》にもどってくれ」
「なにいってるの。あなたはあたしを守るために、したくないことをしてくれたのよ」
師弟の後ろで、レイレイが肩を震わせて泣く恋人の腕をぎゅうと抱きしめていた。
「あたし一生あなたについていくわ。嫌だといわれてもついていくわ。大好きよ」
ソムニウスは微笑み、おのれも弟子の腕にひしと抱きついた。
「あー寒い。寒いなぁ。宿に着いたら、一晩中寝床であったかい熊を抱いてあたたまりたい」
「なにいってるんですか」
弟子が吹きだす。
「だってひどい雪だ。あぁ、凍えそうだなぁ」
ふりしきる雪はいっこうに止む気配を見せなかった。
だがぼやいた言葉とはうらはらに、夢見の導師の心はホカホカと暖かかった。
春の陽だまりのように。
愛と力の源は、神格を得た母親。
ソムニウスさんは補習・追試に耐えて強化型ソムさんに^^;
雪道すら暖かそうです^^
個々に失礼します。
今まで有り難うございました。
ニコットをやって来て、本当に良かったです。
有り難うございました。
お読み下さりありがとうございます。
ここで終わったら正統はぴえんえんだったのですが…w
29(もういっこ!)と30(エピローグ)で終わりです・ω・>
完結おめでとうございます。