Nicotto Town



銀の狐 金の蛇30 「エピローグ」

 ユインから密書が来たその日。夢見の導師と四人の弟子は|朝餉《あさげ》を|絶《た》って、湖の岸辺で鎮魂の歌を歌った。
 それは遠くふたご山の小さな邑へ捧げる、哀悼の歌だった。
 それからソムニウスはカディヤと私室に入り、最長老に預けていた髪を調べ倒した。あのレヴェラトールのこと、髪になにか施していても不思議ではないからだ。
 ふたりがかりで韻律を唱えること幾百回。師弟が安堵の息をついたのは、正午の鐘がなるころだった。
「やれやれだ。もう休みたい。ずーっと休みたいっ」
 疲れ切って寝台に身を投げたソム二ウスは、弟子がさしだす密書の中から、小さな鏡を取り出した。国主が幻を封じ込めてきたらしい。
 ソムニウスはその幻像をながめて微笑んだ。
 せめてもの救いがそこにある。青い花束をもつ若い夫婦の姿が、きらきらと映っている。互いの両親に囲まれ、幸せそうに泣き笑いしている姿が。
「恩赦されたんだなぁ」
「病に襲われた|邑《むら》を救いましたからね」
「そういえば、指がなおったの、最長老にばれませんでしたか?」
「どうだろうな?」
 焦げた手袋をしていったが何も言われなかった。気づかれていないといいのだが、さてどうだろう?
 時を報せる鐘が鳴り、細手の人が瞑想室へ一緒にいこうと誘いにきた。
 この人の援護はありがたかったので、ソムニウスは寝台にねそべったまま部屋に招きいれて礼をのべた。とたんになんてだらけているんだと呆れのため息をかけられる。でも気が抜けてしまったので、瞑想しにいく気にはなれなかった。
「まったく。これだからあなたはバカにされるんですよ」
「うん。愛情たっぷりに、のうたりんと呼ばれた」
「ああもう……倒すべき敵に愛されてどうするんですか」
「ユインに介入したのは君だけか?」
 枕に顔をおしつけつつ聞くと、細手の人はあと二人いると囁いた。
「まだ名前は伏せておきましょう。あなたはすぐに顔に出しますからね」
「はは。信用ないなぁ」
 細手の人が辞すると。弟子は部屋に結界をかけ、パッと火鉢におのれの髪束をはなした。
「あ。もったいない。お守りに一緒にいれようと思ったのに」
「だめです。あなた以外の人にさわられてますもの」
 嘆息する弟子の顔は堅い。
「調べつくしましたけど、万が一ってこともありますし」
 ソムニウスは枕をにぎりしめた。
「なんとかユインの滅亡はしのげたが……。私が国主に渡した最長老の親書は、〈予言〉じゃなかった……」
「死刑宣告、ですよね」
 火鉢の中で燃え消える髪を見つめながら、弟子がつぶやく。
「巻物の中に仕込んでいたのですね」 
「そう、病のもとをひそませていた。我らは本当に『クラミチの使い』。死神だったのさ」
 寺院の地下には、太古の英知が眠っている。
 その知識の一端を覗けるソムニウスは知っている。
 病と呼ばれるものが、いったい何によって引き起こされるかを。
「病のもとは人の目には見えぬほど小さい。空気中を浮遊していとも簡単に生き物の体にとりつき、自身を増殖させる」
「おそろしいですね……」
「最長老がユインに病を起こしたのは、これが初めてではない。二十年前、我が師ヒュプノウスは憑依でかの地に行った。未来の私たちを救うためだけでなく、たぶん最長老に命じられて赴いたのだ。かの地に、病原菌入りの親書を渡すために」
「国主どのが、導師を呼んだのではないと?」
「望めば大いなる予言を与えようとかなんとか言ったのだろうよ。あの化物は」
 今回のことで確信できたと、ソムニウスは獣のように低く唸った。
「寺院で病が流行ったとき……原因になった家禽を購入したのはレヴェラトールだ。鳥に病のもとをとりつかせたのも、あいつにちがいない」
「ユインの病と同じ病となれば、そうですよね……」
「寺院でも、|定期的《・・・》に病が流行っている。レイテヤールの危機以来、十五年に一度ぐらいの頻度で。いままで幾度も」
 レイテヤールの危機とは、六十年前ほどに起こった伝説的な事件だ。
 そのときも寺院に熱病がはやった。十数年前と同様、たくさんの者がばたばた倒れて亡くなった。
 みなが看病に追われる中。導師になりたての若きレヴェラトールがただひとり、風編みをして湖に結界を張ったと伝えられている。
「おそらくあいつ自身が、伝説の危機を引き起こしたんだろう……病のもとをばらまいて、師や年長の導師を殺し、寺院の権力を握ったんだ。で、それ以降も定期的に、叛乱分子を一掃してきたんだろうな。『天からの災い』という、まったくだれにも疑われない方法で」
 裏を返せば。
 このおそろしい寺院でつつがなく生きのびているということは、未来を見通せる最長老に無害認定されているということに他ならない。つまりどんなに努力しようが、今ここにいる導師では、決してレヴェラトールを殺せないのかもしれぬ。
 ソムニウスは自嘲気味にくつくつ笑った。
「とどのつまり、この寺院で生きられるのは、できの悪いバカだけってことだ」
「そんな……でも、寺院を掌握するために邪魔ものを粛清する、というのはわかりますが。なぜユインを狙うんです? あんな辺境の地をなぜ?」
「それはたぶん、こわいからだろうよ」
「こわい?」
「うん。悪あがきってやつさ」
 火鉢の中でぱちぱちと温石がはぜる。
「すべてを見通すレヴェラトール。あいつの予言は外れない。あいつにはなんでも見える。きたる未来に、自分がどうなるかも……
 あいつには、自分を倒す者が視えている。それがだれか、すでに知っている。だから恐れているんだ。運命を変えようと必死に足を掻いているんだよ。そんなことは、決してできやしないのに」
 ソムニウスは枕に片肘をついてにやりとした。

「きっとユインで生まれるのだ。あいつを脅かす者が」

「な……!」
「あいつがことあるごとに夢見をバカにするのは、おのれに言い聞かせるためでもあるのだろうな。見えぬものにすがってしまうから、何度もおのれを戒めるのだ。けっして希望を持つなと」
 輪廻できない不死の身だからこそ、抗いたくなるのだろう。
 魂の循環のない身にとって、「今生の終わり」は絶対的な終焉だ。だからレヴェラトールは、すがりつきたいのだ。運命は変えられるという、わずかな望みに。

「あいつも我々と同じ。時の|理《ことわり》におののく、弱きものなのさ。まぁ、これからがんばって、ユインを守るとしよう。しかし最長老は化け物だからなぁ。さくっと倒せるもんじゃない。だからたぶん、あいつにひそかに滅ぼされようとしている土地は、あそこだけではなかろう」
「ソムは……視たんですか? レヴェラトールを倒す人たちを」
 弟子が息を呑んで聞いてくる。
「〈その人〉たちがそろっているところを、ソムは視たんですか?」
「そこまではっきり視られれば、苦労はしないんだが」
 夢見の導師は弟子を抱き寄せ、その首筋にしるしをつけた。
 小さな、花の模様のような赤いしるしを。
「まどろみの中で一緒に探そう。私のカディヤ」
 歓喜のため息。ふれあう唇。
 そうして師弟はとろける眠りの中に落ちていった。
 未来の夢を、視るために。

 

****************************
 
 神聖暦7801年。ユインが二度目の流行り病におそわれてちょうど二十年後。
 岩窟の寺院は、魔道帝国の神帝レヴテルニの軍勢に攻め込まれた。
 くれないの髪燃ゆる美帝の軍団を率いたのは、「虹の楽師」とよばれる七人の騎士たちであった。
 その筆頭であったトゥー・アハ・デル・ナンは、髪も肌もしろがねのよう。
 全身が真っ白に輝く、美しい歌姫であったという。



――銀の狐 金の蛇 了――

アバター
2018/03/18 10:04
記事と関係のないことでごめんなさい。

顔本さんは、業界のたまり場になっているので(情報もそこで拾うこともあるので)
その前がTwitterだったので、両方へ一度に連携できるところが
Simplogだったのです。でも、6月にサービスが終わるので
Facebookと同時期にエントリーしていたInstagramへ移行しました。

>どれか一つの媒体に集中しちゃうからなぁ;(←思考とろい)
>世界広げたいけどももも・ω・`

TwitterとFacebookに連携させることを
目的に始めてもいいかもしれないですよ。
Instagramは、明日ホアプリで運用するのが前提なので
パソから運用する場合、ちょいと細工が必要ですが…

うちは、写真をスマホで写して加工したりして
本文は、パソで打って、メールでスマホに送って
そこでUPするという、面倒なことをやっています(笑)

スマホで、文章を打ってもいいのですが、面倒なのでf^^;
アバター
2018/03/04 10:57
こんにちは♪

完結おめでとうございます^^

最長老さんが見たとおりになったようですね。
本人にとってはたぶん、最悪の事態・・

楽しいお話をありがとうございました♪
アバター
2018/02/28 22:17
これで最長老様は、未来で死んでいれば良いですね。

これこそ悪の張本人ですかね。


完結おめでとうございます。

私は暫し、放置します。

暫くは休憩と言う形に、成りますかね。

読ませて頂き、有り難うございました。




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