自作5月『妖精』 七色の飴 3/3
- カテゴリ:自作小説
- 2018/05/26 00:06:52
「俺の歯、銀貨になってた!」
翌朝、蒼き衣の弟子たちが集まる大食堂で、昨日歯が抜けた子が嬉々として友達に自慢した。
「さすがに金貨じゃなかったけど、うちの妖精、奮発してくれたよ! 船頭に何頼もうかな~」
周りの子がうらやましがるそのすみっこで。セイリエンの幼い弟子は、なんとも幸せそうにパンをもぐもぐ。すっかり皿を空にすると蒼い衣のポケットに手を入れ、そうっと小さな丸い箱を出した。
それは実に見事な細工もの。精巧なる銀の器で、細やかな獅子紋の象眼がびっしりほどこされている。
朝起きたら、枕の下に入っていたのだ。
蓋を開ければ、色とりどりの美しい飴がいっぱい――。
『これもらっていいの? ほんとにいいの?!』
『おまえのだよ。セイリエンの子』
『僕の歯、どこにいったの?!』
『妖精が持って行ったに決まっている』
子どもは目を輝かせて、くすくす笑う金の髪の師に飛びついた。見る人の目がくらむようなまばゆい笑顔を、かわいらしい顔に浮かべて。
『ありがとう……ありがとうパパ!』
子どもは喜びのあまり師をそう呼んだ。はじめて勇士ランジャディールの話をしてもらった時のように、熱を込めて。
嬉しすぎてたまらなかったからだ。子どもにこんなことをしてくれるのは、ママと呼ばれる人か、それとも。
『パパ!』
そう呼ばれる人しかいないだろう。だからこの金の髪の人はまさしくそうなのだと、自分のそれなのだと、子どもは思ったのだった。
『だいすき! だいすき!!』
色鮮やかなキャンディは宝石のよう。起き抜けにひとつ口に放り込んだ黄色いのは、酸っぱい檸檬の味がした。
ああでも、一気に食べるなんてもったいない。
子どもは次々、口に放り込みたくなるのをがまんして、毎食後にひとつずつ食べようと決めたのだ。 朝餉のあとにひとつ。夕餉のあとにひとつと。
こんどは何色にしようかと、七色に輝く飴をうっとり眺め、まっかなものをつまみあげる。
「きれい……!」
かっと燃ゆる炎を閉じ込めたのか。真紅の色合いのそれを、子どもはそうっと口に入れた。
「……?? ………???? ………!! ふえええええっ?!」
金の獅子のタペストリがかかる岩窟の部屋に、快活な笑い声があがる。
卓に頬杖をつき、ナツメヤシをつまむ師は、向かいに座るぶっくりふくれっ面の弟子に大きな手を差し出した。
「ははは、それで、もう一本ぐらついてたのが抜けたのか」
「だって。すっごく硬かったんだもん。味がしないなって、思わず歯を立てたら……」
「まあ、金剛石に次ぐ硬度9.0、最高品質の赤鋼玉《ルゥビーン》だ。歯も欠けるだろうよ?」
まさか「本物」が入ってるなんてと、幼い弟子は師の手に小さな歯を一本、落とした。
「各色一個ずつ、本物を入れてやった。蒼鋼玉《サプフィール》、翠玉《イズゥムルート》、金剛石《ブリリヤーント》……」
「え……ええっ?! そんなに?! ていうか、キャンディだけで、よかったのに……」
たじろいで円い銀箱の蓋を開け、焦りながら確かめる子に、金髪の師は目を細める。ただの飴玉だけのはずがなかろうとにやにや、実に楽しげだ。
「おまえは、まがりなりにも北五州の大国、金獅子州公家のもと公子の弟子なのだ。近い将来、あの家の後見人になるこの私、セイリエンの一番弟子だぞ? すなわち私の跡は、おまえが継ぐ。なれば、王の家を統べるにふさわしいものを、持つべきだ」
「王の家を……統べる……」
「ゆくゆくは私のように、おまえも我が実家の財産を管理することになる。宝石は宝物庫にごまんとある。扱い方をしっかり覚えておくといい」
宝石は高価な財産というだけのものではない。触媒として、すばらしい役目を果たす。さまざまな効力を発するよう魔力をこめられるし、人の魂とて閉じ込められると、師はとうとうと講義して。それから思い出したようにくつくつ、口の端を引き上げた。
「白鷹家のキュクリナスは、弟子に金貨一枚くれてやったと、鼻高々に自慢していたが。ケチくさすぎて笑ったぞ」
「け、けち……金貨がけち……」
「さて、この歯は何に変えようか?」
ぽかんと口を開ける子どもは、ちらちら卓上のナツメヤシに視線を飛ばしながら聞く師に答えた。たぶん最適解と思われるものを、呆然と。
「あの、じゃあ、せかいでいちばんさいこうきゅうのおかし……ランジャの、ナツメヤシ……に」
「わかってるな。さすが私の子だ」
ぐりぐり、子どもの頭をなでた師は、嬉々として枕の下に小さな歯を仕込んだ。
中に蛋白石《アパール》を混ぜようか、それとも大きな黒真珠にしようかとつぶやきながら。
それから師は振り向いて、ふつうにナツメヤシだけでいいという言葉を呑み込んだ子の、半ば開いている口に指を突っ込んだ。
「生えてきてるぞ」
ひゃっとたじろぐ子の歯茎を撫で、満足げに微笑む。
「前歯二本。大人の歯だ」
「あ……」
大きな手が幼い弟子の腕をつかみ、黒き衣の中に引き寄せたかと思うと。金の獅子そのもののような人は、優しい囁きを落とした。子どもの額にそっと触れる口づけとともに。
「早く大きくなれ……獅子の子よ」
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黒き衣のセイリエンは、神聖暦7700年代後半に金獅子州公家の後見人をつとめた、偉大な導師である。長老となりて五人の弟子を持ち、そのうちふたりを大国を統べる王にした。
一番はじめの弟子ランジャディールは若くして亡くなったが、その死を嘆き悲しんだ師は、寺院に伝わる秘法を使った。その結果、大帝国のさる皇帝に生まれ変わったといわれている。
その皇帝はくれないの髪燃ゆる君と呼ばれ、守護神たる金の獅子とともに覇道を歩み、大陸の三分の一を制覇するのであるが。
それはまた別の、長い長い物語である。
――七色の飴 了 ――
*ルゥビーン:ルビー。
以下、サファイア、エメラルド、ダイアモンド、オパール。
金獅子家のある北五州はスラヴ系言語使用地域。
ご高覧ありがとうございます。
実家がすごい家のセイリエン、贈るキャンディもそれ相応の…でした^^
懐かしさ感じていただけて嬉しいです。
本編、楽しんでくださいましたら幸いです。
ご高覧ありがとうございます。
ラブリー、うれしいお言葉…ノωノ
無邪気な子どもの無邪気な喜び。
そういえば、抜けた歯を枕の下に、というのも妖精のお話でしたね。
懐かしいな、と思いながら読みました。
番外編なのですね。本編のお二人はどんなでしょう。
読みに行くのが楽しみです。
ともかく
みんなでラブリー♬
ご高覧ありがとうございます。
ええと……六十万字強BLファンタジーの番外編です@@;(「真紅の妃」)
基本恋愛要素が濃いのですが、年代記・戦記ものの形態をとっています。
九十万字の作品と同じく全年齢向きにしてなろう投下を目論んでますがどうなるか…
お察しの通り、師弟の間にいろんなことが起こる前の、幸せなひとときを書きました。
くれないの髪燃ゆる君の記憶のすみに、今もきらきらと残っているのでしょう。
ご高覧ありがとうございます。
他のお師さんたちは自分の弟子に何を交換してあげたのでしょうか。
アスパシオンはにんじんクッキーにでもしそうな…(ウサギのぺぺにw)
ソムさんあたりは練香の粒とか…(化粧好きなカディヤに)
セイリエンは愛情も野心もたっぷり・プライドはチョモランマな人なので、宝石になりました^^
ご高覧・ツイートありがとうございます。
前歯を抜く件、18案件なので詳しく書きませんでした。
某行為を円滑にするためにとられる処置ですが、
本人の合意なしなのでラデルの件は虐待となります。
寺院の師匠は何かにつけ自分の弟子をかわいがっていますが、
歯の生え替わりもしかり。ならわしにのっとって、
ここぞと「親」としての愛情を示すのでした。
セイリエンはめちゃオーバークオリティ。
お察しの通り、彼は野心いっぱいのお師さまです。
ご高覧ありがとうございます。
寺院の師匠たちはそれぞれのやり方でお弟子さんをかわいがってますが
乳歯を何かに変えるならわしもまた、師匠のシュミや個性が出るだろうなぁ…と思って書きました。
おしもおされもせぬ金獅子家出身の師匠はやっぱりはんぱなかったです。
くれないの髪燃ゆる君は軍師脳で世渡り上手。セイリエンのためならなんでもします。
師の影響は絶大です。
ご高覧ありがとうございます。
まだ弟子がラデルひとりしかいなかったころの、幸せなひととき。
セイリエンはとても自尊心が高くばりばりの王族なので、
弟子の愛で方がはんぱないです。
「ランジャディール」はなろうの冬童話のお題を一部借りて書いてみたものです。
楽しんでいただけましたらうれしいです。
兔やおばちゃん代理の物語と同じ世界で織りなされる
壮大な物語の一場面のように思われます
英雄が子供時代に体験した、たのしいひとときかなあと感じます
ご寄稿ありがとうございます
妖精の仕業じゃなく
錬金術師なお師匠様の
仕業だったのですね
主人公の男の子の伯父さんが無理やり歯をペンチで引き抜くあたり
意味が判りませんでしたが、ここにきて妖精と取引をしていたと分かりました
もっとも、修道院では導師たちがプレゼント品にかえているようでも思えます
可愛く楽しげでもあり、何やら邪悪な空気が漂っているようでもあり……
日本だと、抜けた乳歯を床下や屋根に放ったりしますね。
妖精さんやネズミさんが金貨に交換してくれるってのも、
子どもの成長を願う親心^^
乳歯の抜けた子が、将来すごい皇帝にになるってところで
「ねずみとおうさま」を思い出しました。
赤毛のおうさまは良いおうさまかしら?
それをこんなふうに宝石にしてしまえるなんて、素敵ですね。
「ランジャディール」
読み返したい。時間あるかな〜
「勇士ランジャディール」の話を聞くようになるまで、
セイリエンはめちゃくちゃ苦労しています。
そこらへんの攻防戦は
「ランジャディール」をご覧ください
↓
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