Nicotto Town



異形からは逃げられない

二人組の女子高生がよくためになる話をしているとSNSで評判になっているハンバーガー屋が近所にあったので、興味本位で入ってみた。

しかし、中に入るとそこはまるで廃墟のように小汚く、蛍光灯は半分近くが壊れ、もう半分は点滅しているだけのような、どこか不気味な内装だった。

入り口近くの二人用テーブル席にいたそれを見て、私は驚きのあまり思わず変な呻き声を上げてしまった。

3メートル近くある細長い巨体、廃油で汚れたような長い髪。ボロボロのセーラー服のようなもの着ているその異形が、席に座っていた。
それは女子高生と呼ぶにはあまりにもおぞましい存在だった。

女子高生らしきそれらは、テーブル席の上の謎の肉片を節くれだった指で摘みながら、暗く何も見えない顔の中に投げ込んで、時折咀嚼音を立てている。
そいつらの食事風景は異様だったが、何よりも奇妙なのは、それ以外の席にも普通の客らしき人物たちが着席していることだった。

他の客はサラリーマンや主婦、若者など、至って普通の風貌をした人々がテーブル席についている。
彼らは青白い顔でテーブルを見つめるか、小さく震えながらハンバーガーを少しずつ食べているようだった。
なぜこんな不気味な空間に客がいるのだろう。
私は逃げ出したかった。

帰ろうと思った。すぐに引き返そうと。
だがそうして出口に向かおうと振り向いた一瞬、わずかなその刹那に、奥のテーブル席に座る女性が、私を見つめながら小さく、しかし激しく首を横に振っているのが見えた。
客たちが、息を呑むわずかな音も。
私は嫌な予感を感じて、脱出を思いとどまった。

私はレジ前に立った。
そこには女子高生らしき異形と似たような、背丈の高い店員が立っていた。
「御注文は」
低く掠れるような声で、店員らしきものは言った。
「ポテト、Sサイズをください」
無音の店内で、私の慎ましく簡潔な注文がよく響いた。
ハンバーガーを完食できそうな腹具合でもなかった。

私は無音が支配する店内で暫し待ち、ポテトだけが乗ったトレイを受け取ると、空いている壁際の席についた。
それと同時に、異形の女子高生どもが動き、喋り始めた。
「あたしさあ、みんなで使う物を汚す人ってチョー嫌いでさあ」
男の合成音声のような声が、不気味なほど軽い口調で語り始める。

「バイト先でもさあ、先輩とかトイレ使った後汚くなってることあんの」
「ひどいねー」
普通すぎるほど普通な、しかし背筋が凍るほど不気味な声による会話だった。
それだけなら、なんとなくシュールな光景でしかなかったかもしれない。
だが他の客たちは、目に見えて怯え、震え、肩を竦ませていた。

「それに、トイレ入ると何十分もこもってるの。酷くない?」
「ひどいねー」
愚痴る異形と相槌を打つ異形。
よくある女子高生のような会話。
「あの人だ…」
私の近くの席から聞こえた、涙交じりの掠れ声の呟き。
「今もトイレに篭ってる人いるよねー」
「いるよねー」
直後、店の奥から物音がした。

奥、おそらくトイレから出てきたのは、明らかに憔悴している様子の、四十代ほどの男性サラリーマンだった。
目元や頰には涙の痕が残っている。
吐いていたのだろうか、口元を拭いながら、嗚咽をこらえている様子で店内に戻ってきた。
「あの人じゃん」
異形がひょろ長い指で彼を指し示しながら言った。

指差され、男性は目を見開いた。
「な、なんで」
そしてガタガタと大げさなほど震え、崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。
「あたし、みんなで使うトイレをずっと独り占めするのは良くないと思う」
指差す異形の女子高生は言った。
突然、何を言っているのだろうか。
私はそう感じた。

「そ、その通りだ」
誰かが演技くさい声で、そう言葉を発した。
振り向くと、へたり込んだ男のすぐ近くにいた初老の男からの声のようだった。
「ひどいと、お、思います」
涙交じりの声で、奥にいる女性も言った。
「良いこと、言いますね」
「その通り…」
誰もが賛同する。便乗する。
異様な空気だ。

誰もが口々に「そうだそうだ」と無感情に囃し立て、やがてそれは拍手となり、店内を包んだ。
「嫌だ! 嫌だ!」
床に座り込んだ男だけが、狂ったように叫んでいる。
私には、この空間で彼だけが正気であるようにしか見えなかったが。
「あなた、あたしに反対なの?」
その時、異形が私を見て言った。

直感だった。
「その人は酷い」
私は本当に直感でそんな言葉をひねり出して、拍手をしたのだ。
私の手は震えていた。
「助けてください!」
サラリーマンの男性は泣き叫んでいた。
「悪いのはあんただよ」
異形は曇った声で告げ、席を立ち、男の元へと歩いてゆく。
すれ違いざま、腐った臭いがした。

「お前が悪い」
異形が長い腕を振り下ろし、怯えきった男の膝を打った。砕ける音と絶叫が聞こえる。
「お前が悪い」
もう一人の異形が暴れる男を組み伏せて、不潔な髪の中に混じっていた鱗のようなものを男の目に押し込んでゆく。
暴れる大きな物音。
苦悶による絶叫。
彼を責め立てる不快な低い声。

「お前が悪い」
永遠のように思えた拷問と叫び声は、異形がその長い指で男の胸を刮ぎ落としたことによって、終わりを告げた。
抉られた男の胸はすとんと床に落ちて、それきり声も、拷問も途絶えた。
残ったのは凄惨な殺人現場と、店内に満ちた押し殺したような震え声と、異臭のみ。

「20番でお待ちのお客様。レジまでどうぞ」
レジから店員の声が聞こえてくる。だが思考が働かない。私の心は既に恐怖でいっぱいだった。
悍ましい異形の女子高生達は何事もなかったかのようにテーブル席へ戻ると、無言で着席する。
…呼ばれた男は、レシートらしき紙を受け取り、店を出るようだった。

出られるのか。そう思ったがやめた。
直感だが、出ようと思ってここから出られるならば既にみんなそうしているはずだからだ。
「やっと、帰れる…」
だから私は、先ほど真っ先にサラリーマンの男を責め立てた男がふらつきながら店を出ても、急いでそれに続く気は起きなかった。

店から何事もなく男が退出して、塗装の剥げた扉が閉まる音がして。再び店の中に沈黙が訪れる。
レジから店員らしき異形がやってきて、無残に嬲られ続けた死体を掴み、調理場の方へと引きずってゆく。
客達の張り詰めた緊張と押し殺す声と震えが、今になってようやく、私にも理解できた。

「SNSで褒められたいなー」
唐突に、女子高生の一人がそう言った。
「私も褒められたいなー」
「酷い人をこらしめたもんねー」
「良いことしたもんねー」
…店内の客が、こぞってスマートフォンを取り出して、震える指をどうにか律して、何かを打ち込んでいる。
もちろん、私もそれに倣った。

駅前のハンバーガーショップで、トイレに長く閉じこもっている迷惑なサラリーマン風のおっさんがいたんだけど、それを二人の女子高生が一喝。おっさん何も言えず。店内のお客さんはみんな拍手していた。

…私はそんな呟きを投稿した。
投稿には、早速いくつかのいいねがつけられていた。

しばらくして、入り口が開いた。
外から現れたのは、スマホを片手に持ったOLらしき子だ。
その子は店内の雰囲気に唖然として、そして次の瞬間にも何かに気付いたのか、青ざめた顔で外に出ようとした。
「いやっ! なんで!? 開かない!」
錯乱するする女性。無理もない反応だった。

「お店の中でうるさくしてるー」
「ひどいねー」
女子高生が指をさす。
非難の声をあげ、些細な迷惑を責め立てる。
けれど、それに刃向かうことはできない。
「私も…そう思います」
この店の中では、彼女らの道徳に賛同することでしか、生き残れないのだから。

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2018/06/01 18:00
ブログ広場から来ました。面白かったです^^*
アバター
2018/05/28 17:36
すげぇ・・・・!!!!!
おもしろい!!!
アバター
2018/05/28 11:29
JKなら何でもOK



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