自作5月 『燕 「哀しい贈り物」』1/3
- カテゴリ:自作小説
- 2018/05/31 22:56:58
目を開くと、白い煙があたりに立ちこめていました。
とてもけむたい空間で、がしんがしん、奇妙な機械音が聞こえてきます。
一体何の音でしょうか?
「私」は自分の手足を、しげしげ眺めました。
黄色っぽい肌。ぴちぴちで、結構指が長い、どちらかといえば細くて、不器用ではなさそうな手。まっくろな床にひたと吸い付いている、裸足の足。
靴をはいていない「私」は、服も着ておらず、裸でした。
あたりを見渡しましたが、煙の濃度が濃く、周囲があまりよく見えません。しかしなにか大きな歯車のようなものが、左右で動いているのはわかりました。
「ここは……」
かかとがひんやりしたものに触れています。振り返ると、すぐ後ろに透明なカプセルが横たわっています。ギヤマンの蓋が開いており、緑色に光る溶液がどくんどくんと、チューブから流れ出ています。
これは、一体?
首を傾げる「私」の頭上から、誰かの声が降ってきました。
「誕生おめでとう、すめらの子よ。天照らし様の加護がおまえにあるように」
「私」は点滅する蒼い鬼火のようなものにいざなわれ、狭い部屋に入りました。
そこに用意されていたつなぎの服を着ろとか、続きの部屋にある粥を食べろとか、さらに続きの部屋にある寝台に寝ろとか、姿見えぬ声にいろいろ命令されました。
『出荷台へ上がれ』
なべて声の通りにした「私」は、最後に真っ黒な台座に登りました。
するとそこには、「私」とそっくり同じ容姿の赤毛の男たちが、両膝を抱えて座っておりました。
ひとりやふたりではありません。何十人といます。「私」がおそるおそる台に腰をおろすと、台はゆっくり動き出しました。
「あのう、あなたはどなたです?」
「あなたこそ、だれなのですか?」
だれもがまったく同じ声。台に乗っている者は、不気味なほど同じ顔。
長いことスライドした台は、屋外にある大きな四角い鉄車にそっくりそのまま収納されました。乗り物は「私」たちを乗せてがらがらごろごろ。これまたずいぶん長いこと動いておりました。
ついたところは大きな湖のそばに建つお城。その大広間で私たちは、朱色の衣を着込んだ人たちから「説明」を受けました。
「初動検査を合格した諸君、これからおまえたちは、本来保有している記憶の喚起を受け、エティア王国のとある護衛官その人として起動する」
みな、とまどっておりました。「私」だけではなく出荷された「私」とそっくりな人たちすべてが、首をかしげまくっておりました。
「あのう、わたしはどなたですって?」
「わたしこそ、だれなのですか?」
そして――
「ゆっくり深呼吸を。空気をよく吸い込むように」
朱色の衣の人々がそう言い置いて出て行くと。広間になにかが噴射されました。
まっしろな煙が「私」たちを包みこみ、互いを見えなくして。
「ああなんと煙い」
「思い切り吸い込め?」
「無理だ息がつまる!」
「私」たちはたちまち気分が悪くなり、ばたばた倒れてしまいました……
『ぷはー!』
息継ぎするかのごとく、私が浮上すると。猫の姿の猫目さんがびくりと反応して、くれないの心臓を光らせる私にぺこりと頭を下げてきました。
「赤猫さん! どうですか? 赤い光をビンビンに出して、その男を包み込んでましたが」
『げほげほ。ああ猫目さん、この男は、我が主ではありませんよ』
みなさんこんばんは。私はーー剣でございます。我が主の忠実なるしもべ。名前はエク……ああ、長すぎて忘れました。
ここは王宮の地下。うすぐらい牢屋です。ここには何十人もの赤毛の男が、国王陛下の命を狙った罪により囚われています。
「ディーネ……」
「ディーネ……」
とある事情により、みな一様に呻き、嘆き、うちひしがれているのですが。その顔はなんと、みんな同じ。
彼らは我が主の複製品なのです。しかしこの中には、まことの我が主も混ざっているそうです。
一体だれがそうなのでしょうか……。
というわけでさっそく、一人目の魂を吸い込み、同期しながらもしゃもしゃ食べていたわけですが。私は赤い心臓部から、ぺっとその魂を吐き出しました。
『この男には、工場らしきところから出荷された記憶があります』
「つまりそれは、生まれたとき……すなわち作り出されたときの?」
『ええ。その記憶がない者が、ぶっちゃけ我が主というわけです。私、ひとりひとり食べていって確かめていきますので』
「おお! よろしくお願いします!」
私はまたくれないの光を出して、二人目の男を包み込みました。
そうして光の渦を起こし、男の魂をちゅるちゅる吸いあげました。
♪きらりとひかーる白刃のぉ~
我が身横たえ守りますぅ~
景気づけに、わがあにそ風てぇまそんぐを奏でながら。
♪たとーえ火の中水の中ぁー
あなたのためならおっそれずにぃ
ついーていきます、どぉーこまでぇ・も~
我が心臓に魂を吸い込むと、その音はどんどん、どんどん、かすかなものになっていきました。
♪あーあーあ・あ・あ~
最強ぉーの、名のもっとにぃぃいい~
守護ぉのやいーば捧げま……
えくーぅす・かり……
最後のフレーズはほとんど、聞こえませんでした。
私はしばらく静寂なる無の空間を漂い、そうして――
気づけばまた。
「私」は白い煙に包まれたところに居ました。
『誕生おめでとうすめらの子』
ああ、この「私」もまた、我が主の複製。本物ではないようです。
判別はつきましたけれど、もう少し、食べさせてもらいましょうか。ええ、もうちょっとだけ。じゅる。
「私」もさっきの「私」と同じように、初動検査を受け、黒い台に乗せられて出荷されました。
「あのう、あなたはどなたです?」
「あなたこそ、だれなのですか?」
隣の男が聞いてきたので、「私」もいぶかしみながら聞き返しました。
「私」たちは台座ごと乗り物に乗せられ、湖のそばの城へ連れて行かれて。
「あのう、わたしはどなたですって?」
「わたしこそ、だれなのですか?」
そしてまたあの、煙たい空気を浴びせられました。
ああ、なんと煙たい……しかしこの戸惑い、当惑する心。くせがあっておいしいですね。もう少し食べてみましょう。もうちょっとだけ。
「うう、なんという目に。あれ、ここは?」
気を失っていた「私」は、いつの間にか城から運び出されていました。
いつ着替えたのか、私のみなりは粗末なつなぎの服から、西方風の燕尾服に変わっていて、馬車に乗ってがたごとがたごと。両脇に森が茂る街道を進んでおりました。
窓の外を見れば、同じような馬車がえんえん、列を成しています。
蒼空をさあっと、黒い鳥の群れが覆いました。巣立ったばかりの子を従えた、燕が群れて舞っていました。子育てを終えて南の国へと去って行く途中のようです。
「ああ、カーリンは元気かな」
一所懸命飛んでいる子燕たちを見て、「私」はかわいい娘のことを思い出しました。
娘をいつくしむ、金の狼のことも。
会いたい。早く会いたい。二人の姿をこの目で見たい。
「私」は強くそう思い、道中いらだちのあまり、馬車の窓枠をいらいら叩いておりました。馬車には私と同じ面立ちの者が、あと三人。どうやら「私」たちは四人ひと組で移動しているようです。「私」たちはみなそわそわしていました。きっと、「私」と同じことを考えていたからでしょう。
「ディーネ……カーリン」
「会いたい……」
「あなたもですか」
「ええ。あなたもなのですね」
「会いたいです。妻と子に」
ぎやまん越しのように不透明で歪つで
自分のことでも他人事。
会話のような独り言。
しかし、最初の一人が作り物でないなんて
いったい誰が保証してくれるのでしょうね?
ジンジャーブレッドマンだって、
最初の1枚は
彼に続く多くのクッキーたちと同じ型からくりぬかれるのに。