【闇の貴公子エピソード】 「コッペリア2」
- カテゴリ:自作小説
- 2018/07/06 23:47:14
Coppélia
ちりちり儚い音が、夜に沈んだ部屋に響く。
硝子の薔薇は今宵も不可思議な虹色を放っていた。あたかも、深海にたゆたう珊瑚の林のように。
半ば崩れて椅子に座り、麻色の髪輝く頭をくたりと下げていた少年――ナルシスは、パイプオルガンの調べが流れてきたのに気づいて顔を上げた。
胸をしめつけるような悲しげな、それでいて荘厳な音色。世の終わりを嘆くかのようなそれは、弾き手のいない魔法の調べ。この館の広間にそびえる銀の筒のオルガンは、あの人が望むとひとりでに鳴り出す。
あの人。
透ける薔薇の向こうにその人がいる。
黒い影がゆらりと優雅に舞っている。伸ばした腕の先にも、ゆらめく影。
くるくるまわる、甘やかなシルエット。
きらと薔薇が放った光が、影に彩りを与えた。
浮かび上がったのは淡い栗色のかわいらしい少女だ。陶酔の色に染まったその双眸はうつろに見開かれ、白い顔は磁気の肌をもつ人形そのもの。
(あの少女は生きているの?)
ぐらりと揺れる視界に酔いながら、ナルシスは公爵と舞う天使を見つめた。
そう、あれは天使。無邪気で何も知らない、無垢な魂。
(動いているから……まだ、生きている……?)
ああでも、これから。きっとこれから。少女はひたと止まってしまうのだ。
年上の美しい人たち。乱れて楽しんでいたあの人たちのように。
そして永遠に……。
「さあコッペリア。ラデルの相手をしてあげなさい」
ふらふらと、もうひとつ影が現われた。少女より少し背の高い、すらりとした少年のシルエット。
今にも倒れそうなそれはまわる少女の手を取ると、ぎこちなく礼をした。
「ラデル……ああ……馬車で迎えたあの子。たしか同い年の……」
半ばはだけた白いシャツ。莟をのぞかせるナルシスの胸がわななく。
したのは口づけだけ。口づけだけ。それだけ……。
『本当に?』
本当です公爵様。他には何も。何にも。
その唇がとても甘美なものに見えたから。気づけば唇を重ねていた。
ああでもなぜ、そんなことを?
視界が揺れる。目の奥が熱い。
ああそうだ。ラデルを抱きしめたときも、ひどく熱かった。
自分の手はこんなに冷たいのに。椅子の背もたれに回されて手錠を嵌められているこの手は、まるで氷のようなのに……。
「ラデル。そのままコッペリアと舞っていなさい」
黒い影がすうと、踊る少年と少女から離れる。その空いた空間に、別の少女のシルエットが割り込んだ。
動いている少女……生きている?
いや。
あれは……作り物の少女。なぜなら腕からぎらりと光るものが出ている。当てられたら鮮血が出るであろう、恐ろしきものが。
「機械の、人形……?!」
キュルキュルキリキリ音を立て、作り物の少女が光るものを振り回す。闇夜の人を裂かんと斬りかかる。
夜をまとう影は軽やかにそれをかわし、襲う少女の後ろに回ってその肩を抱いた。
刹那。世にも恐ろしいその腕が、ごとりと地に落ちた。
優雅なりし影の舞とともに突風が起こり、少女のドレスの裾が舞い上がる。天に蹴り上げられた片足の先からまた、刃の閃光がまたたいた。
闇夜の人は少女の恐ろしい足に手を伸ばし、愛撫した。
「かわいいジャンヌ。君の主人を護るのに、そのしろがねの刃は必要ありませんよ」
黒い影が含み笑ったとたん、球体の関節を持つ足がごとりと地に落ちた。そうしてまた風が吹いたとき。きりきりと回転し狂ったように舞いながら、作り物の少女は黒い影の腕の中にかくりと落ちて、こときれたように頭を下げた。
「あなたはただ、ご主人様を抱きしめてさしあげればよいのです。さあラデル。コッペリアをエスコートしなさい。私についてくるのです」
「はい……おとう……さま……」
ふらつく少年がくずおれる少女――生きている少女を支える。闇夜の人は動かなくなった作り物の少女を抱えた。
硝子の薔薇から影たちが遠のいていく。闇夜の人が誘う先は。あの花園の向こうには……
椅子に囚われたナルシスは震えた。
影たちが消えてひとときふたとき。そして突然、闇をつんざく悲鳴が硝子の薔薇をさわわと揺らした。
それは少年の金切り声。
(ああ……見せられた? あの光景を。柔らかな白い肌につぷりとあれが埋まって、音もなく皮を裂いていくのを)
その部屋に椅子はない。
いざなわれた者は壁に垂れる手錠に繋がれ、一部始終を見せられる。
命ある者が永遠を得る儀式を。
それは真紅で昏くて、とても甘美な香りのする魔法。
時を止める悪魔の御技――
だれもが始めはおののく。命を与える神への冒涜に。くれないの所業に。
なれどそれはなぜか次第に、崇敬へとうつろいゆく。
見せられた者は魅せられる。
命をとわに、そのままに。
時を止められた者は、何者にも干渉されない。この館で永遠に生きるのだ……
「ああ早く……僕にもあの祝福を……」
闇夜の人の愛は、あの儀式を経なければ完成しない。
口づけも、体を貫くあの快感も、ただの戯れ。だれにもできる、時に支配された者の遊び。
そんなものより早く――
「どうか祝福を……」
ナルシスの酔い色の瞳から真珠のような涙がひと粒、こぼれ落ちた。
ああ、狂っている。
頭の片隅で自分ではない自分がそう囁いている。だがその胸は魔なるものの美しさに焦がれ、締め付けられて喘ぐほど、彼は渇望しているのだった。
闇夜の人のまことの愛が、自分にも注がれることを。
――コッペリア2・了 次回、シロユリに続く――
~登場人物~
ナルシス・アエスティウム
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=351507&aid=66107735
コッペリア
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=1415850&aid=66050084
ランジャディール
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=1395747&aid=66080984
闇の貴公子キズィローヴァ
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=446840&aid=66048582
コッペリアのお話を再読に回らせていただきました^^
何度読んでも素晴らしい
耽美な描写に引き込まれました.・:*:・. ゚。✧
藍色さんの作品公開されたら本当の完結です〜^。^
スペシャル企画もお楽しみに❤︎
小さな子供が喜びそうなメリーゴーラウンドが周囲にクルクルと走り周り、
その前には関節をキィと音を立てぎこちなく舞い踊るコッペリア様…(//∇//)
髪が頬を撫でても指先が誰を求め伸びようとも可憐に踊ることを強いられた姿は、
誰もが魅入られずにいられないのでしょう。
ナルシス様の瞳に写るその光景は、
キズィローヴァ様が一雫落とした媚薬の仕業のようにも見えました~
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=446840&aid=66317946
次回のユリウス白で一応惨劇の館は完結のつもりです〜
まだ先に続くストーリーがあるのですが目下手配中〜
今しばらくお待ちくださいませ❤︎
美意識の均衡は理性の均衡!
みうみさんは美しい言葉の世界を持っているので自信を持って進んで行ってくださいね^^
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=446840&aid=66301093
ご高覧ありがとうございます><
客観的に自分の文章どんなであるかと判断する事は難しく…
過分のお言葉、恐縮です;ω;とても嬉しいです…
先日は影武者のお話ありがとうございました(感激)
ナルシスの望み、これは叶えてあげないと…ノωノ
コッペリアとジャンヌは面白くて素敵な関係ですよね。
たしかにコッペリアは、ただ剥製にされるだけでは終わらなさそう…♪
ご高覧ありがとうございます><
今回はナルシス視点で書かせていただきました。お貸しいただき感謝です。
私もSでもMでもない…ですが(たぶん)、
M気質の方が感じる感覚はおっしゃる通り、麻薬に似たものなのかなと…
もっともっとと欲しくなって深みにはまってしまうようなノωノ
はかなさとか危うさとか無邪気さとか。そういうものが入り混じっていると
Sさんにとってはものすごいごちそうになるのかなと思います・・
ご高覧ありがとうございます><
楽しんでくださってうれしいです。
コッペリアの設定が面白くて楽しく想像させていただきました。
機械人形のジャンヌ、作り物のはずですが主人への献身を鑑みるに、
私も魂が宿っているのではないかと思います。
もしかしたらコッペリアを思う誰かの…今この世にはもういない誰かの心なのか。
それとも純粋に機械の中から生まれてきた心なのか。
とても魅力的な存在だと思いますノωノ
>人形への愛がないことに怒る
コッペリアの怒りが具現される場面、読んでみたいです。
和さんのお話拝見しました。
ラデルが公爵に初めて出会った時と次に出会った時の感覚の相違を
こんなにすばらしい形で表現してくださってすごい!とても嬉しく思いました。
びぶら!
ご高覧ありがとうございます><
世に残る名著の作者は往々にして狂人と呼ばれるタイプの人も多く…
今回は悪徳賛美のサド先生を参考に「悪党なキズィさん」を…とか思ったわけですが
初サド先生は表紙開けてみたらなんかきょーれつでした…。うんちょっと、私が思ってるのと感じ違った…フーコーのような学者的分析入った美文を想像してたのですがマジまんまだった…w
でも内容はともかく周囲気にせず自分の信ずるものをひたすら書く…という姿勢はただただすごいなと思ったのでした。
私はモデルさんいない自作ものでも、ああこれだめかなとか人の反応気にしちゃうので
こうしようと思ったものも思い切れずに遠慮がちに書くこと多いのですよね…
そこらへんのブレーキがかかりすぎてる感を自覚してるので、いい方向に解放できればと思います。
ご高覧ありがとうございます><
そしてお気遣いいつも感謝です><
キズィ公爵とても好きですノωノ
しかし私、つきぬけた悪人キャラをまだ書いたことがない…
見た目は悪人だけど実は…みたいな風にしちゃう傾向があるので
キズィさんのキャラぶらしてしまうかもしれない…と思って、
徹頭徹尾ベクトルいっちゃってるままのキャラの思考をサド先生から会得しようかと思ったら…
ほぎゃあノωノ
キズィ公爵のお話は楽しく書かせていただいてますのでだいじょぶです。
お誘い本当にうれしく思っております。ありがとうございます♪
ご高覧ありがとうございます><
わわ、読み返し感謝です。
あやめかしい雰囲気出てたらいいなと思いつつ。
ソドムね…生来の悪人というか悪徳の象徴というか、そんな人の思考をスキャンしたかったんですが…
フーコーの「狂気の歴史」→「ピエール・リビエールの日記」で狂気耐性つけたはずですが
そんでも強烈オーラに当てられそうなので少しずつさらーと読み進めたいと思います…・・;
ご高覧ありがとうございます><
影絵のような光景で妖しさを出せたらいいなと思って書きました。
お褒めの言葉うれしいです。感謝ノω;`
これが、みうみさんの文章の特徴なんでしょうね。
ナルシスが、キズィの愛を切望するシーン、悲壮感が漂っているようで、ゾッとしました。
早く望みが叶うといいですねー、、、って言っていいのかな (*ノωノ)
人形ジャンヌがいい役してますね。
コッペリアと人形ジャンヌのつながり、やはり興味深いです。
ジュールさんが言うように、コッペリア、人形になっても動きそうwww
素敵なお話に存在させていただけて光栄です<(_ _)>
響はM気質全くないんですが(かといってSでもないですw)
Mの人が歓ぶ世界ってこの世で一番甘美なのかもなーと思うことがあります。
コッペリアはジャンヌが倒されて、心が折れたのか、
それでも、人形になってからも動いたりして……
それから、キズィローヴァには人形への愛がないと、
怒っているのかもしれない。
澁澤龍彦さんの翻訳だと、「O嬢の物語」をよんだことがあります。
降参して 和ちゃんにお願いしました
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=180002&aid=66258300
丸投げ〜^m^
生気を感じさせないが息を飲むほど美しい娘
いつも窓辺に座っているつれない美女、バレエの自動人形「コッペリア」を思い出します
ジャンヌとキズィローヴァのシーンがとても魅力的、木の下のキズィローヴァも素敵でした
憧れの描写力です❤︎
みうみさんの世界がファンタジーに満ちているので私もなんとかそれに応えたいな〜
できるかな〜 難しいなー というところにいます^^;
「ソドムの百二十日」は趣味の良い美意識によって断ち切られているようですが
私も読んだことはありません
なぜそれを読んだのですか?
凄みのある作品のようですが原文は内容よりも言葉の連なりが単純に秀逸で神がかっていたのでしょうね
昔のフランスの精神病院は壁に手錠で立ったままくくりつけるような非人間的なものだったようです
バスチーユは思想犯を収監していたと知っていましたがキチガイ病院だったとは知らなかったです
お金を払えば食事も身なりも整えられ優雅な環境であったということは知っていました
6日の金曜日にオームの松本智津夫が他六人の誘拐及び無差別殺人(テロ)犯である信者と共に処刑されましたが多分月曜日にも残りの六人が処刑されると思います
この松本智津夫はすでに垂れ流しの廃人で発狂しています
先天的に脳の視覚野障害を持つ家系出身のようです
悪魔の舌を備え巧みに言葉を編むカリスマを備えてはいますがサドも狂っていたと思います
w つまり見習っちゃだめ
しかし読むのはいいと思います 私も澁澤版を読もうw
読んだ事ないね
面白そうだ、人物紹介で生気をマイナスまで吸い取られた ってとこが
読んでみたくなるね
美しい が
みうみさんの嗜好に合わないようなら、あらゆる作品を同時に乱読して
その澱が沈殿するのを自分の嗜好の作品を自由に書きながら待った方かいい
毒のような作品は栄養豊富だが、毒には変わらないからね
みうみさんの美しさと健やかな成長を願っているよ
薄闇の中でおぼろげな視覚と聴覚に訴えかけてくる表現が
美しくて好きだなぁ。
愛らしくも美しい機械人形の護衛も公爵の手で無力化されて、
コッペリアとランジャディール、そしてナルシスはどうなるのか。
>ソドムの百二十日
ああ、確かに…テーマに似合いそうではあるけれど…(笑
僕は怖くて読めないや。みうみさん凄い。
人形の腕がごとりと落ちる重量感がリアルです
闇 影 ガラスの薔薇の光
魔なるものへの初々しい渇望
すばらしいです
第一章の登場人物紹介で生気をマイナスまで吸い取られて先に進めない…w
さすがサド先生…このベクトルの振り切りっぷりは見習いたいですはい。