【闇の貴公子エピソード】「白のユリウス」前編
- カテゴリ:自作小説
- 2018/08/04 23:12:31
これは心の底から望んだことだと、その子は思った。
この切なる願いがきっと叶うと。
「僕と僕」がひとつでいたときの絆がまだあるうちに。
「僕と僕」の距離がまだ遠く離れてしまわないうちに。
離れ行く互いの姿がまだ見えているうちに。
あの方のお力に身を委ねれば、この無情に流れゆく時は止まる。
「僕ら」は永遠を手にするだろうと――
「僕と僕」が分けられてしまったとき、周りの人は泣きじゃくる彼を慰めてこう言ったものだ。
これは天上におわす方の思し召し。慈悲深き恩寵にほかならないと。
「本当に、手術が成功してよかったわ。もし一生あのままだったら、なんてむごいこと」
「僕と僕」の繋がりは奇跡的に重症ではなかったとか、同じような状態の子たちは、どちらか片方が犠牲になることが多いとか……
「僕と僕」はとても幸運だったのだと、ふたりの母親は何度も何度も繰り返し、歓喜の涙を流しながら、彼と、彼から切り離された者を抱きしめた。
けれど。
彼はそんなことなど微塵も望んではいなかった。
彼は「もうひとりの僕」と、ずっとひとつでいたかったのだ。
光り輝く天上にいる御方が、彼らが「僕と僕」であることを否定するのなら、彼はその方を神様とは呼びたくなかった。「僕と僕」の体を半分に切るなんて、無理矢理引き裂くなんて、
そんな残酷な所業を許すなど、神たるもののすることではないだろう。
あんなにむごくて恐ろしい仕打ちを、「僕」はどうして受けなければならなかったのか。
彼はどうしても納得できなかった。
ありえない。
ありえない。
思い出すたび……今も涙が止まらないのだ――
「僕と僕は普通の双子じゃない。本当に、『ひとつ』だったんだよ、黒い僕」
ひゅあ……んと不気味な泣き声が背中を押してくる。
闇に沈んだ館の奥底から、彼と黒い「もうひとりの僕」を呼んでいる。ほねばった闇色の手のような風が、廊下で対峙するふたりをざわりと撫でた。
「何言ってるんだよ、白い僕」
黒いかたわれが、長い長い廊下の果てから睨み付ける。
その瞳の中でゆらゆら燃えているのは、恐怖と怒り。
白い彼は落ち着き払ってその熱気を受けた。
「黒い僕、『僕』は、病院で体を裂かれたんだよ。それと同時に、『僕』の魂もふたつに分かたれてしまった。黒い僕は覚えてないの? 僕は覚えているよ、はっきりと」
「赤ん坊のころ、ちょっと深刻な病気になって入院したことがある……母様がそう言ったのは覚えてるけど……分かれたってどういうことだよ? 僕らはいつも一緒に居るだろ? 一生離れることはない。何をそんなに寂しがってるのさ」
ちがう。
ちがうのだと、白い彼はかぶりを振った。
「一緒に居る? 離れない? うそだ。うそだそんなの。僕と僕は、もうこんなに離れちゃったんだよ。わからないの?」
黒いかたわれが飲んだものは消化され、腸で吸収され、血となって体をめぐる。
分かれる前には、白い彼の体にもその血がちゃんとめぐってきた。
でも今はめぐってこない。
白い彼が食べたものは消化され、腸で吸収され、血となって体をめぐる。
分かれるまえには、黒いかたわれの体にもその血がちゃんとめぐっていた。
でも今は、めぐっていかない。
物理的なことだけではない。
僕と僕はひとつでいたとき、同じ夢を見ていた。
ひとつの魂だったから、まったく同じ夢を見ていた。
でも今は……離れてしまった今は、違う夢を見ている――
「そばにいるだけじゃダメなんだ。黒い僕はもうすでに、僕じゃ無くなりかけてる。だから僕は、公爵様に助けを求めたんだよ」
「ああ、公爵様のことは気に入らないな。この世には僕と白い僕、それだけでいいのに――」
「黒い僕が僕とすっかり同じものだったら、そんな風には思わない。僕らは同じ感情をもつはずだもの。同じものを好きになるはずだもの。僕と僕がこれ以上違うものになるなんて……そんなのいやだ」
待て、と怒りを帯びた瞳が白い彼を射貫く。
それはどういう意味だと探る黒いかたわれの瞳が、今にも泣きそうなゆがんだ顔を映し出す。
「白い僕。君こそ変わってしまったんじゃないのか? 僕から離れていってるんじゃないのか? 僕はどこも変わらない。僕は、僕たちだけを愛している」
「…………っ」
ちがう。ちがう。ちがう。なんで分かってくれないのだ。
なぜこの不安を共に感じてくれないのだ。
白い彼は歯がゆい思いで唇を噛んだ。
「僕と僕」は同じもののはず。なぜ自分だけが、独りで悩んでいる?
同じ者を好きになり。同じ者を嫌う。そうでなければならないのに。
「僕は少しも変わってないよ黒い僕。僕が公爵様にすがったのは、当然のことじゃないか。変わることがおそろしいから。これ以上成長なんてしたくないから……だから、奥の部屋に行こう、黒い僕。一緒に永遠を手に入れよう?」
「いいや。今すぐこの屋敷を出よう、白い僕」
黒いかたわれが近づく。その姿がゆらゆらゆらぐ。
ああ、僕の瞳は潤んできているのかと、白い彼は力なく口元をほころばせた。
遅かった。
いや、認めたくなくて目をそむけていたのかもしれない。
白い彼は思い知った。
ずっと抱いていた不安は、すでに現実のものになっていたことに。
自分と黒いかたわれは、もはやすっかり、違うものになってしまったことに――
この闇夜に沈む館には、恐ろしくも美しいものがある。
白い彼と黒いかたわれは、ついにそれを見てしまった。
時を止めた神の創造物。麗しい少年少女たち。
今にも動き出しそうなごくごく自然な格好で、でも微動だにしないで、彼らは隣に置かれた友に微笑み、抱き合い、愛し合っていた。
その中には、僕らと食卓を共にした人たちもいた。
キルシュを愛したシーリーン
ジェルベーラを追いかけてきたロザリオ
人形に守られたコッペリア……
どうして日々、食卓に座る人々が減っていったのか。
すべてを知った白い彼は歓喜に震えた。
やはりあの闇夜の人は、彼が期待した通りの人だったのだ。
機械の人形に抱かれたコッペリアの美しさに、彼は打ち震えた。
ギヤマンの花の中におかれた彼女たちは、まるで双子の姉妹のように抱き合い、互いを見つめ、永遠を語り合っていた。
そして白い彼は、ナルシスがなぜ毎日あんなに辛そうなのかを悟った。
彼は毎日ここに来て、幸せな彼らを眺めていたのだ。時を超える恩寵を得た、美しい人々を。
彼もまた白い彼と同じ。永遠を渇望している……
「違う! あれは。あんなものは永遠じゃない、白い僕」
形のあるモノに拘るのかそれとも心の中に価値を求めるのか…
言葉に現しきれない白いユリウス様の心の叫びが、
この先、共に生きていきたい黒いユリウス様の望みの声が聞こえてくるようですっ!
そう、そうなのですよ…
わたくしはキズィ様に使っていただくため敢えて地べたを這う道を選びました
わたくしの躰はキズィ様のご命令に従い動く下僕に過ぎませんわ…フフw
byルチア
彼らはシャム双子だったのか。
続きも読んできます。
ファンタジーがここにあります
ただ
犠牲者のリストからルチアを外してください
彼女は永遠を得られませんでした
すごいな。
表現力がすごい。
こんなにあっさり読んじゃったのがもったいないので
またじっくり読みに来ます!!!
この美しきことのはの戯れに風のように纏わり邪悪さを忘れましょう
また明日伺います