Nicotto Town



【闇の貴公子エピソード】「白のユリウス」後編  

 ひゅああーん。あーん。

 闇に沈む回廊に、黒いかたわれの声が響く。

「白い僕。僕はいつも君と話し合い、笑い合い、愛し合いたい。時を止めたら、それができなくなるんだよ?!」

 僕はシーリーンが動かなくなったキルシュを撫でながら公爵に囁いているのを聞いたと、黒いかたわれは歯ぎしりした。

「体はあなたにやるけれど、魂は渡さない――シーリーンはそう言ってた。白い僕、美しい体が展示されてるあそこには、あの人たちの心は残ってない。時が止まった彼らの中には、魂なんて残ってないんだ!」

「いいや、公爵様は彼らの魂も捕らえている――」

 白い彼はくつくつと、引き上げた口元から忍び笑いを漏らした。

「シーリーンの望み通りにはなってないよ。彼らの魂は閉じ込められたままさ。あの体の中にね」

「嘘だ。死んだら魂は抜けるだろっ。天へ昇るか地獄へ落ちるか。とにかくここには――」

「残ってるよ、僕」

 

 この館は閉じられている。どんなものからも。

 

「天への昇り道も、地獄への崖道も閉ざされている。本物の永遠が、ここにある」

「ウソだ!

「そう思うなら試してごらんよ、黒い僕。君はもう決してここから出ることはできない」

「出られるさ! 一緒に来い、白い僕!」

 黒いかたわれが猛然と近づき、手をさしのべてくる。真っ白なその手を白い彼は振り払い、またくつくつ、笑い声を漏らした。ぼろぼろときらめく涙を頬から落としながら。

「僕は行かないよ、黒い僕。逃げようとしても無駄さ」

「待て! 白い僕!」

 黒いかたわれが肩を掴んでくるも、白い彼はそれをきっぱり振りほどき、踵を返した。

 今すぐ寝台に身を投げ出し、声をあげて泣きたかった。

 彼は信じて待ってみたかった。

 黒いかたわれは必ず、白い彼のもとへ戻ってくると。

 絶望し、疲れ果て、この館にはどこにも出口が無いことを思い知ったのち、白い彼と永久に語らうことを欲すると。

「待て、白い僕! どこへ行く!」

 ああでも、かたわれが戻ってくるまでのひとときを、この身は耐えられるだろうか?

 

 

 無理だ――

 

 

 一緒に出口を探そうと誘うかたわれは、足早に館の奥へ入り込む白い彼を追いかけてきたけれど。

 コッペリアと機械人形をほれぼれと眺めあげている闇夜の公爵のもとへ行き着くと、唸り声をあげて白い彼の腕を掴んだ。

 白い彼はその手をまた振りほどき、公爵に向かって腕を広げ、その身を闇夜の人の漆黒の服の中へと埋め込んだ。

 

「お願い公爵様! 今すぐ僕たちの時を止めて!」

「シロユリ!! ちくしょう!!」

 

 黒いかたわれの声がひび割れる。

 よいでしょうと冷たくも慈悲深い声が、白い彼のもとへ降りてきた刹那、銀色の閃きが白い彼の目尻をかすった。

 公爵の手からするりと、銀の針が伸びたのだ。 

「二人とも、お眠りなさい。夢幻の中にたゆたっている間に、あなた方は不死なる者に変わるのです――」

 迷わぬ軌道が空を裂き、身構える黒いかたわれに針が下ろされる。

 しかしその瞬間。

「あぶない!」

 白い彼の分身は、叫び声と共に横へ突き飛ばされた。

 さらと冷たい色の頭髪が、白い彼の目に入る。

「ラデ、ル?」

 すんでのところで黒いかたわれの肌に麻酔針が突き立つのを止めた子は、震えて涙をこぼしながらも、しっかと黒いかたわれの腕をつかんで引っ張った。

「みんな、いなくなった。みんな……これからも、いなくなる……」

「ラデル、大丈夫? 針かすってない?」

「だい、大丈夫。こっち!」

 紫紺の瞳の少年が、黒いかたわれに叫ぶ。

「こっちだよ! この隠し扉を通って逃げよう!」

「隠し扉?!」

 星の死んだ空のような服の中で、白い彼は少年二人が遠ざかる物音を聞いた。

「クロユリ……クロユリ!」

 ふたり一緒に至福を得たかったのに――

 かたわれが離れ行くことにおののく彼を、漆黒の腕が抱きしめる。

「ふふふ。心配無用です。扉のことは、私がラデルに教えたのです。二人は迷路で遊ぶだけですよ」

「僕が離れていっちゃった……離れて……!」

「この館は閉じられていると言ったでしょう? 二人はまったく、我々から離れていないのです」 

 闇夜の人がすぐそばの壁に手をかざす。

 みるみる透けていく壁に、二人の少年の姿が浮かび上がる。シロユリ、シロユリと後ろを気にしながら泣き叫ぶ黒いかたわれと、がむしゃらに出口を探している紫紺の瞳の少年。

「しばし眺めて楽しむとしましょうか。彼らが泣き叫び、転び、途方に暮れて私を求めるまで」

「クロユリ……クロユリ! 今すぐ戻ってきて!」

 離れていく。

 またさらに。

 かたわれの魂はここから逃げたがっている。 

 白い彼はとどまりたいのに。

「おや……かわいそうに。こんなに涙をこぼして……苦しいのですね。大丈夫。大丈夫ですよ」

 震える白い彼の頭に口づけが落ちた。柔らかでそこはかとなく麝香の匂いのする優しい愛が。

 そう、これは愛だと白い彼は断じた。

「その苦しみを今すぐ、取り去ってあげます。安心なさい。クロユリはすぐに、あなたのそばに来るでしょう。生まれたときと同じように、肩をつけあった形で」

 銀の針がぎらりと光る。

「公爵様……僕はあなたを信じます。神をも超えるあなたの御技で、僕に慈悲を」

 漆黒の服を抱きしめる白い彼の腕に、もうひとつの口づけが刺さった。 

 求める少年は目を閉じ、彼の救い主に感謝した。

 心の底から、真摯に。

 

 こうして白き百合は漆黒の腕の中で静かに花開いた。

 最期の吐息を出した刹那。消えゆく苦痛に歓喜して、うっすら微笑みながら。


――白きユリウス・了――



~登場人物~

シロユリ 

クロユリ

キルシュ

シーリーン

ジェルベーラ

ロザリオ

コッペリア

ラデル

闇の貴公子キズィローヴァ


アバター
2018/09/17 08:45
白きものにも黒きものにも死は訪れる。肉体のある時間など一瞬に等しい。
留まるものにも逃げるものにも死は訪れる。ほんの少し遠回りをしたに過ぎない。
魂こそ永遠。

やっと読む時間ができました。
時間の淀みと空間のゆらぎに包まれた館・・・
青い闇が美しいです^^
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2018/08/10 21:33
白いユリウス様の魂の補完…"(/へ\*)"))サメザメ
そのお顔は最期の時を…永遠を手にできるという一心からか、
幾分かの痛みも受け入れたのでしょうが、
魂は虚ろなるモノ、永遠という尊い位へとユリウス様は昇れたのでしょうか…?
そして、黒いユリウス様はラデル様と共に
喧騒ざわめく外の世界をお求めになるのでしょうか?
それとも白いユリウス様を現実へと呼び戻す算段をするのでしょうか?

ドキドキな展開なのに、
キズィローヴァ様は眉ひとつ動かさずにいらしたのだろうな…と思うと、
如何に先を見据えた上でラデル様に迷路への道を教えたのでしょう…||ョ゚Д゚;))))ドキドキ

言葉のチョイスがとても綺麗でガラスの世界すら想像させられる文章…
惚けてしまいそうです(//∇//)❤
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2018/08/08 19:32
読み返しにお邪魔しました。
ここ最近の気候ですっかり頭が鈍っているので、
みうみさんの作品から受けたものを文字に出来るコンディションになったら
また感想書き込ませて下さいね。
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2018/08/05 23:54
白ユリ 黒ユリに成り代わってのストーリー展開!
むしろ藍色さんにラデルを描いて欲しいくらいです
惨劇の館完結に向けて 日記でURLまとめを宣伝しました^^

https://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=446840&aid=66399277


いつもながら魅力的な闇の貴公子を読めて嬉しいです
自分には書けない ファンタジーを感じるみうみさん独自の筆致に惹きつけられます
これ表現そのまま使わせてもらいますね〜
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2018/08/05 11:47
悪いのは邪悪
無垢なる死は救いに他ならない
そういうことかな?
さすがは自らが求めて死に参加するイベントだ!
同好の士が揃って自らを精霊の御霊に委ねる 
歌を歌い 音楽を奏で スポーツカーをぶっ飛ばしながらシャンパン飲んでね
しかし君らは逃げるのか さて どうなる? 続きが楽しみだ
アバター
2018/08/05 00:50
逃亡組逃げ切ってほしいな 
堪能しました 美しいな…




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