8月自作 鏡 「蒼鏡」(改稿版)
- カテゴリ:自作小説
- 2018/08/31 09:43:21
今回は猫目さん視点のお話です
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その玻璃のごとき煌めきの表面は滑らかで、少しの瑕もなく。
一体どんな風にして磨き上げたものなのか、不思議に思われるのですが。
「この中に、いらっしゃるというのですか?」
私はじいと、我が猫の目でその姿見を見つめました。
それは北五州を彩る湖のようで、透き通った輝きを、きららと湛えておりました。
完璧な円の形が小振りなそれを、あたかも宝石のようにみせているのです。
けれども鏡にしてはあまりにも小さく、顔の一部分しか映りません。
「すでにもう、中に入ってるよ」
ウサギである我が師はその美しい珠玉を取り上げ、お天道様が燦々光をこぼす空に透かしました。
蒼のびいどろの涼やかさに、私はうっとりしたものです。
「三番島でしか採れない吸魂石は、ほんとにおっそろしいものさ。不用意に扱うと魂がすっこ抜かれて、石の中に閉じ込められる」
「それゆえに、死して天に引き寄せられる魂を、この世に引き留めることができるのですね。それにしても鮮やかで素晴らしい色です。鋼玉を貼り付けたのですか?」
「いや、まだなにも重ねてない。もともとこんな、青の中の青って色をしてるんだよ」
我が師は長い耳を小さな姿見に押し当てて、中に凝縮されているものの声を聞きました。
「うん。そっか。そんなに居心地は悪くないか。いやさ、君らしく黄金色の鏡にしようと想ったんだけどさ。色をつける材料がきれちゃってて」
宝石のような鏡から、狼の遠吠えのようなものがかすかに聞こえて来ました。
在庫切れはまあ、我々技師にとっては職業病のようなものだよねと、我が師はてへっと舌を出しました。
「お望みならすぐに取り寄せるよ、うん。とにかくこれで君は永遠に石の中。そこから出ることは、まず叶わない。すなわち、輪廻の輪から外れた存在となったわけさ。いやでもびっくりしたよ。師匠の師匠が君のこと頼むって、白い雲間から突然降臨してくるんだもん」
師匠の師匠と言うのは、我が師ピピ様の師であるアスパシオンさまを育てた方で、黒き衣のカラウカスさまとおっしゃるのだそうです。
何というのか、とても偉大すぎて、ちまたで言う神様のような希有な存在であられるのだとか。このような石など使うことなく、ただ意志の力だけで、昇天しないで現世にとどまっておられるのだそうです。
「会ったのは兄弟子さまの器を作ったとき以来だったけど。会うたんびにあの白い髭が伸びてるような気がするんだよなぁ」
それは気のせいではありません。
兄弟子さまというのはアスパシオンさまより先にカラウカスさまの弟子となった方。現在ははるか北の森にてご家族とともにお過ごしですが、その方の魂が宿る鏡を作る手伝いをしたのが、私の技師としての初仕事でありました。
兄弟子さまはかつて白の盟主という大陸の脅威と戦った時、じわじわ死にゆく呪いを受けて、年々弱っておられたのですが、私が弟子入りした年に衰弱死なさったのです。
その直後、天地の狭間におわすカラウカスさまが、我々のもとにキラキラとご降臨なさったのです。
誰の目にも見える「幽霊」は、ニコニコと私に微笑んでくださり、光栄にも声をかけてくださったのでした。
『おお、この肉球! ええのう。最高じゃのう』
私の手をほめてくださるなんて嬉しいことこのうえなく。私はずいぶんはりきって、兄弟子さまがお入りになる石を磨き上げたものです。
その石は現在、美しい機械鳥の目として嵌められ、ご家族と共にあられますが、ごくたまに、黒き衣をまとった人の姿で現れることがあるのだそうです。
「兄弟子さまは前世は神獣だし、相当な韻律使いだからね。君も俺が神獣に改造したわけだから、前みたいに人の姿をとることができるんじゃないかな」
蒼い小さな鏡玉に、我が師はそうおしゃったのですが。
剣で貫かれたのはその神獣が神獣たるに必要不可欠な核の部分。ゆえに黄金の狼の体は死んだとたんに塩の固まりとなりはて、さららと崩れてあとかたものこっていません。
「一から君の体を元の通りに作るのはとても時間がかかる。だからしばらくは・・・・・・」
我が師はかわいらしくもかっこいい狼の縫いぐるみを指し示しました。
「この狼の目になってくれ」
蒼い鏡からまた、狼の遠吠えのようなものが聞こえて来ました。
「猫目さん、牙王の体の作成を頼む」
「はい。了解しました」
「俺はおばちゃん代理に活を入れてくるわ」
鏡から聞こえる声が悲しげな響きを放ちます。我が師はそうだよなそうだよなとこくこく、長い耳を振りながらうなずきました。
「君や陛下に合わせる顔がないって、会う資格はないって泣きながら聖地巡礼にでちゃうとか、何だよソレだよな。君に会うのが怖くて逃げてるんだぜ、あいつ」
カーリンには一月かふた月かで帰ってくると言っていたそうですが、果たして本当にそれで戻ってくるのか。
我が師はこのまま一生、おばちゃん代理さんは牙王から逃げ続けるかもと思っているようです。それが証拠に昨日から、まったく連絡がとれなくなったというのです。
どうか二人が元に戻れますように。
私はそう祈りつつ仕事を始めたのですが。
すぐに壁にぶち当たることになろうとは、まさかこのときは思いもしなかったのでした。
まさか狼の体を作るために、この星から出ていかねばならなくなるなんて。しかもその旅路が、数年という単位のものではなくなるなんて――
「それであなたは、こんなところまでわざわざいらしたのですね。赤の五の星に。ようこそ巨きな猫さん。ようこそ」
「ありがとうございます。そうなのです。私の星にはここで山々となって連なる赤き金属がなかったのです」
私は足もとにたむろうかわいらしいこびとたちに微笑みました。
「やっと見つけられました。私はようやく、ふるさとの星へ帰れそうです」
「それはおめでとうございます」
こびとたちの後ろに広がる小高い真紅の丘。
燃えさかる炎を凝縮したようなその金属の巨大な塊を、私はうっとり眺めました。
それから私はまなざしを上にあげました。
真紅に焼かれた目を冷やすかのように、この銀河の果ての異星にて、きららと輝く空を仰いだのでした。
狼のぬいぐるみの瞳となったあの鏡が放つ色。まさにあれと同じ色合いの天が、悠然と私を見下ろしていました。
ふるさとの星の空とそっくりの、びいどろの蒼が。
この色の空を見るのはいったい何年ぶりでしょうか……
なつかしくてたまらず、私の猫目はじわりと潤んだのでした。
「さあ、帰りましょう。家に――」
――蒼鏡 了――
牙王さんの復活の始まりですね^^
完全復活まではぬいぐるみの牙王(仮)
それはそれでそばに置いておきたいような・・・
次回がたのしみです
ゴールはまだかな?
仮のお身体ではなく、そのまま縫いぐるみのままでいて欲しいと思ったのは、
私ばかりでありましょうか
牙王とおばちゃんだいりの現状と事情がよくわかります