氷の女王 3
- カテゴリ:自作小説
- 2018/11/17 12:24:42
「え? 代わりにお師さまの世話係になってくれ? どうして?」
突然図書館に来たサリスに、一番弟子のラデルは面くらった。
金髪の子は、朝餉のあと必ず書物を漁る兄弟子のもとへ、逃げ込んだのだった。
「僕には無理です。見えないし、予知もできませんから」
「サリス? 透視できなくたって、何も問題は――」
「だめです! ナツメヤシが、見えないと!」
「は?」
「赤箱を、完璧に扱えないと、いけません!」
「え? ナツメヤシを?? あつか……???」
困惑するラデルの背後の書棚からひょこりと、豹の頭をかぶった子が顔をだした。
「なんだおまえ、お師さまの世話、したくないのか? じゃあ俺がやる♪」
「ジェリはだめです! 予知も透視もできないでしょう?」
「は? 何言ってんの? おまえがくるまで、俺がお師さまのお給仕してたんだぞ。衣にひのしかけて、靴はぴかぴかにみがいて。夜は、寝床をあっためて――」
「でも、見えなきゃだめです! というか、豹をかぶった野蛮な姿で、お師さまに近づかないでください!」
「はぁ?!」
豹の頭のどこが野蛮なんだと、ジェリはぷんぷん怒りだした。
「豹頭は、王族しかかぶれないんだぞ!?」
「でも恥ずかしいです! この……野蛮人!」
「黙れ白ネズミ!」
ジェリは猛獣のように犬歯をむき出しにして、つかみかかってきた。
サリスは床に倒されたものの、思い切り足を蹴って応戦した。
組んずほぐれつ、二人はごろごろ転がったけれど。
「止めろ! 本棚が倒れる! 暴れるな!」
ラデルが雷まとう声とげんこつを落として、二人を引き離した。
「サリス、君は南国の文化をちゃんと知るべきだ。ジェリも、北方人の気質を本で調べるといい。二人とも、文化の違いをよく学んで、お互いを尊重しないといけないよ」
公正なラデルは、二人にそれぞれ読むべき本を押しつけると。大丈夫だと、サリスを励ましてきた。
「魔力のないジェリだって、ちゃんとお師さまのお世話をしてた。多少失敗したって、お師さまは笑って許してくださるよ」
「失敗なんて、できません!」
なにごとも完璧に、卒なく。
でないと手をびしりと、鞭で叩かれる。こわい家庭教師に、毎日そうやってしつけられてきた。
ここにはこわい人はいない。お師さまは、とても優しいけれど――
「今日は、共同部屋で寝させてください。どうか」
その日の夕餉の給仕をなんとかこなしたサリスは、ふるえる声で師に願った。師の床をあたためるため、世話係の弟子は、師と一緒に眠るのだが。師はよいだろうとうなずいて許してくれた。
寺院に来て、半年。
弟子たちの部屋で寝るのは、ほぼ初めてで。サリスは、ずらっと並ぶ寝台の固さに驚きながら、頭から毛布をひっかぶった。
(ふさわしくない。僕は、お師さまにはふさわしくない。
頭を撫でられる資格なんて、ない――)
翌朝。のろのろ起きだしたサリスが、魚をとりに船着き場へいくと。
早起きの弟子たちが湖を指さして騒いでいた。
何ごとかと思えば。
「えっ?! うそ……氷が……!」
湖面には、さざなみがなかった。
朝日に照らされる湖は一面、まっしろ。きんきんにぶあつく、すっかり固まっていた。
「シルフィリエ……! 氷の女王が降りてきた?! け、結界は?!」
まるで鏡のようにきらきら輝く氷の湖面を、サリスは呆然と眺め渡した。
こおおと、こごえる凍気が、銀盤を走り抜けている――
「うそ……どうして?!」
お師さまやほかの導師さまたちが、毎日風編みをしているのに。
決して、凍りつかないようにしているはずなのに。
寺院は、上を下への大騒ぎ。
蒼き衣の弟子たちが、わらわら岸辺に出てきた。
黒き衣の導師たちは氷の息吹を払おうと、岩の舞台に集まり、朝の風編みを始めたけれど。氷の女王はぜんぜんまったく、立ち去る気配をみせなかった。
「すっかり凍ってしまったな」
朝の給仕のとき、師は他の導師たち同様、とても困った様子でいた。
弟子たちが集まる大食堂も、わいわいがやがや。さっそく情報が飛び交った。
「ねえねえ、長老さまたちが、湖を透視したらしいよ。湖の中央に、寒気の塊が渦巻いてるんだって」
「すごい吹雪が吹き荒れてて、結界と同じ効力を出してるらしいな」
「それでお師さまたちは、全然焦ってないのか」
朝餉が終わると、サリスはいつものように巻物をいっぱいかかえて、円堂にむかった。しかしその日、講義はなかった。
「湖に降りた寒気は、今日いっぱいは動かぬようだ。せっかくだから、いつもとは違うことをするといい」
苦笑しながら、師は弟子たちそれぞれに、真っ赤な包み紙にくるまれた「贈り物」を手渡した。
「お師さまこれ、すっげえ!」
豹をかぶったジェリが興奮した。エルクとレイスがはしゃぎながら靴をぬいで、もらったものをさっそくはいた。呆然と「贈り物」を抱えるサリスは、ぽんとラデルに肩を叩かれた。
「よかったね。望みがかなって」
「え……?!」
「さて、俺はジェリと一緒に、ペンギン歩きで練習だな。寺院に来る前は、スケート靴なんて持ってなかったから。滑って遊ぶのは初めてだよ」
「え、あの……」
「よければ、教えてくれると嬉しい。スケート、得意なんだろ?」
腕の中のスケート靴をながめおろして、サリスはとまどった。
のぞみ?
いいや、何かを願うなんて。そんなひまは……
ああでも。シルフィリエ。
きみにまた会えて、うれしい――
その日、セイリエンの弟子たちは思いっきり、湖上で遊んだ。
他の導師の弟子たちもたくさん繰り出してて、しゅるしゅる滑っていたけれど。
銀の刃輝くスケート靴をもらったのは、セイリエンの子たちだけだった。
子どもだけでなく、黒き衣の大人たちも楽しんだ。
優雅に氷の上で踊り唄い。氷に穴をあけて、小さな魚をたくさん釣り上げ。そうして韻律の技で、吹き荒れる風を加工した。叩きつけてくる風を吹雪ごと丸め、龍にしたり。獅子にしたり。真っ白な風の幻獣たちは、きゃあきゃあ逃げる子どもたちを追いかけた。
調理当番の子たちは岸辺に天幕をはり、炊き出しをした。とろりとあつい豆汁が、外で遊ぶ者たちみんなにふるまわれた。
「サリス速い!」
サリスは、同じ北五州出身のエルクやレイスと、何度も何度も競争した。くるくる回って跳ぶ技も、みんなの前で披露した。それから、何度もすっころぶジェリに手を差し伸べて、滑り方を教えてやった。
「すっげえ! サリスすっげえ!」
「うるさいです。いちいち驚嘆しないでください」
「でもすっげえ! あっというまに滑れるようになった、ラデル兄さまもすっげえけど!」
「そうですね。さすがです。あの……南国についての本を少し、読みました。あなたが豹の頭を被るのは、豹頭の神であった先祖の加護を得るためなのですね」
「うん。俺の先祖って、神様なんだよな」
「しかし豹頭をそのままかぶらずとも、加護の力を引き出せると思います。豹の瞳を首飾りなどに加工してはどうでしょうか? 瞳には、魂が宿るといいますから」
「首飾り? ほんとにそれでいけるのか?」
「ええ、理論上は。実験をして、よく検証してみます」
「じゃあ俺も、その実験手伝ってやるよ」
とっぷり日が暮れるまで、サリスは思う存分、湖上を走った。
凍える女王の息吹を、背に受けながら。

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- カズマサ
- 2018/11/17 19:45
- 実験の結果が気に成りますね。
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- ロワゾー
- 2018/11/17 12:51
- ひさびさに読めて嬉しいな、みうみ氏の文
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