Nicotto Town



氷の女王 4

 その晩。サリスはおずおずと師の部屋に入った。

 もらったスケート靴を抱きしめて、しかし、首をわずかに傾げながら。

「日が暮れたら、氷の女王が消えたと……大食堂で聞きました。夜なのに、湖が溶け始めてます」

 師はにっこりしながらうなずいた。

「夕刻の風編みで、導師たちがいつになく総力をあげた。湖上に居座るものを吹き飛ばしたんだよ」

「はい。でも朝とは打って変わって、抵抗がなく、実にあっけなく……消えてしまったと。あの……」

 サリスはしばし躊躇したあと、囁くように訊ねた。 

「もしかしてお師さまが……氷の女王を喚んでくれたのですか?」

 金の髪輝く師の、蒼い双眸が、じっとこちらを見つめてくる。

 サリスは言葉を呑んでうつむいた。

「女王が降りてくることは予知できた。だが、喚んだのは私じゃない」

 くつくつ、師の口から忍び笑いが漏れた。

「女王を喚んだのは……」

 師のまなざしが貫いてくる。深く深く、こちらを。

 サリスは真っ青な深淵のなかに、「犯人」を見つけた。

 みるみる血の気を失い、まさかとつぶやいて一歩あとずさる、金髪の子を。

「うそ……でしょう? だって僕は……」

 ごとりと、サリスの腕からスケート靴が落ちた。

「ラデルが君に言っていたな。望みがかなってよかったねと。あれはしっかり気づいていて、君に感心したようだ。私も、君の望みにうすうす感づいていたよ」

「ぼ、僕は、見えないし……予知だって」

「女王を喚ぶには、多大な魔力が要る。力がそっちに取られれば、何かができなくなるのは当然だろう。君の望みは、黒き衣の導師数十人を打ち負かした。まさかこれほどの魔力をもっているとは、正直思わなかった。びっくりだよ。周囲にばれたら、かなり面倒くさいことになるだろうが……」

「う……」

 心配はいらぬと、師は青ざめる子をなだめた。

「まあでも大丈夫だろう。隠蔽の技をかけておいたから、疑われても、力の波動をたどられることはない。それに私は風邪を引いて、力を出せなかったことにしたからね」

 風編みの結界は、魔力ある歌を数十人で歌い上げて作り出すものだ。

 ひとりでも和合がはずれれば、まともに機能しないといわれている。

「というわけで、私はこれから熱をだして寝込むことにする。救護室から、薬湯をもらってきてくれ。ああでも頼むから、」

 師はにやりと口の端を引き上げた。

「毒は、入れないでほしいな」

「は、はい……! 入れま……せん……」  

 入れるなんて、できようはずがない。

 黒き衣のセイリエンは、予言の導師。

 すべてを見通し、未来を語る――

「最長老さまより、すごいかも……いやでも、本当に? 本当に僕が女王を……」

 喚んだのだろうか?

 信じられないけれど、本当に?

 たしかに、望んだかもしれない。

 シルフィリエに会いたいと願ったかもしれない。

 心の底で、切に求めていたのかも……

「風編みを乱しただけじゃない。お師さまは僕の望みを感じて、一緒に喚んでくれた……きっと。きっとそうだ……」

 セイリエンの末の子はそう結論づけて、長い回廊に降りた。

 廊下に面している共同部屋から、誰かが飛び出してきそうな気がした。

 頭の中にパッと豹の頭をかぶった子が浮かぶ。

 これはもしやと思ったら、案の定――

「おうサリス! 実験はいつやるんだ?」 

 ジェリがひょこりと顔を出してきた。彼の蒼き衣のたもとに、色とりどりの飴玉が入っている缶が入っている……

「お菓子、隠してるんですね」

「なあ、実験いつー? おい、今にも泣きそうな顔で笑うなよ! 飴玉やるから教えろ!」

 寒がりの王子のために、こんどは、かっと燃えるような暑さをもたらす、炎熱の王が来るよう願おうか? 

 いや。「奇跡」はたぶん、一度きり。

 それに、見えなくなるのはもういやだ……。

 

 サリスは黄金の粒を口に放り込んだ。

 ジェリが押しつけるように渡してきた黄金色の飴は、ぎんぎんと甘酸っぱくて。

 暑い暑い、夏の味がした。

 口からほろりと、自然に言葉が出て行った。


「ありがとう、セイリエンのジェリ。おいしいです」



 ―― 了 ――

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2018/12/05 14:34
ピピ兔がでてくる今までのお話と同じ世界観だけども、主人公がちがう……
これは思い出に残るクリスマスになりましたね。

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2018/11/18 08:27
こんにちは♪
こちらは火の玉の代わりにコタツを出しました^^

願いは叶う。

信じること
愛からのものであること
魂を成長させるものであること

願いは最も素敵なタイミングで届けられます。
皆の幸せのために・・・

楽しいお話をありがとうございます^^
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2018/11/17 19:49
願ってはいけない事を願ったと言うお話ですかね。




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