氷の女王 4
- カテゴリ:自作小説
- 2018/11/17 13:57:51
その晩。サリスはおずおずと師の部屋に入った。
もらったスケート靴を抱きしめて、しかし、首をわずかに傾げながら。
「日が暮れたら、氷の女王が消えたと……大食堂で聞きました。夜なのに、湖が溶け始めてます」
師はにっこりしながらうなずいた。
「夕刻の風編みで、導師たちがいつになく総力をあげた。湖上に居座るものを吹き飛ばしたんだよ」
「はい。でも朝とは打って変わって、抵抗がなく、実にあっけなく……消えてしまったと。あの……」
サリスはしばし躊躇したあと、囁くように訊ねた。
「もしかしてお師さまが……氷の女王を喚んでくれたのですか?」
金の髪輝く師の、蒼い双眸が、じっとこちらを見つめてくる。
サリスは言葉を呑んでうつむいた。
「女王が降りてくることは予知できた。だが、喚んだのは私じゃない」
くつくつ、師の口から忍び笑いが漏れた。
「女王を喚んだのは……」
師のまなざしが貫いてくる。深く深く、こちらを。
サリスは真っ青な深淵のなかに、「犯人」を見つけた。
みるみる血の気を失い、まさかとつぶやいて一歩あとずさる、金髪の子を。
「うそ……でしょう? だって僕は……」
ごとりと、サリスの腕からスケート靴が落ちた。
「ラデルが君に言っていたな。望みがかなってよかったねと。あれはしっかり気づいていて、君に感心したようだ。私も、君の望みにうすうす感づいていたよ」
「ぼ、僕は、見えないし……予知だって」
「女王を喚ぶには、多大な魔力が要る。力がそっちに取られれば、何かができなくなるのは当然だろう。君の望みは、黒き衣の導師数十人を打ち負かした。まさかこれほどの魔力をもっているとは、正直思わなかった。びっくりだよ。周囲にばれたら、かなり面倒くさいことになるだろうが……」
「う……」
心配はいらぬと、師は青ざめる子をなだめた。
「まあでも大丈夫だろう。隠蔽の技をかけておいたから、疑われても、力の波動をたどられることはない。それに私は風邪を引いて、力を出せなかったことにしたからね」
風編みの結界は、魔力ある歌を数十人で歌い上げて作り出すものだ。
ひとりでも和合がはずれれば、まともに機能しないといわれている。
「というわけで、私はこれから熱をだして寝込むことにする。救護室から、薬湯をもらってきてくれ。ああでも頼むから、」
師はにやりと口の端を引き上げた。
「毒は、入れないでほしいな」
「は、はい……! 入れま……せん……」
入れるなんて、できようはずがない。
黒き衣のセイリエンは、予言の導師。
すべてを見通し、未来を語る――
「最長老さまより、すごいかも……いやでも、本当に? 本当に僕が女王を……」
喚んだのだろうか?
信じられないけれど、本当に?
たしかに、望んだかもしれない。
シルフィリエに会いたいと願ったかもしれない。
心の底で、切に求めていたのかも……
「風編みを乱しただけじゃない。お師さまは僕の望みを感じて、一緒に喚んでくれた……きっと。きっとそうだ……」
セイリエンの末の子はそう結論づけて、長い回廊に降りた。
廊下に面している共同部屋から、誰かが飛び出してきそうな気がした。
頭の中にパッと豹の頭をかぶった子が浮かぶ。
これはもしやと思ったら、案の定――
「おうサリス! 実験はいつやるんだ?」
ジェリがひょこりと顔を出してきた。彼の蒼き衣のたもとに、色とりどりの飴玉が入っている缶が入っている……
「お菓子、隠してるんですね」
「なあ、実験いつー? おい、今にも泣きそうな顔で笑うなよ! 飴玉やるから教えろ!」
寒がりの王子のために、こんどは、かっと燃えるような暑さをもたらす、炎熱の王が来るよう願おうか?
いや。「奇跡」はたぶん、一度きり。
それに、見えなくなるのはもういやだ……。
サリスは黄金の粒を口に放り込んだ。
ジェリが押しつけるように渡してきた黄金色の飴は、ぎんぎんと甘酸っぱくて。
暑い暑い、夏の味がした。
口からほろりと、自然に言葉が出て行った。
「ありがとう、セイリエンのジェリ。おいしいです」
―― 了 ――
これは思い出に残るクリスマスになりましたね。
こちらは火の玉の代わりにコタツを出しました^^
願いは叶う。
信じること
愛からのものであること
魂を成長させるものであること
願いは最も素敵なタイミングで届けられます。
皆の幸せのために・・・
楽しいお話をありがとうございます^^