「もう会えない」Ⅱ
- カテゴリ:自作小説
- 2019/01/11 23:52:56
Ⅱ
昨日のあれは、なんだったんだろう。
そんな風に考えてしまうような、翔との出会いだった。
夢ではなかったとわかったのは、会社を出ると、そこに翔がいたから。
パステルブルーのパーカーのフードにふわふわの白い毛が付いているのも、白のほっそりとしたパンツを履いているのも、翔の姿形によく似合っていた。
翔の姿を見てほっとしている自分を感じながらも、思わず辺りを見回して会社の人間がいないかを確かめてしまった。翔はちゃんと心得て、少し離れたところで待っていてくれたのに。
「みゆきちゃん、今日も遅いんだね」
仕事がいつ終わるのか自分ですらわからないのに、翔はどれ位ここで待っていたんだろう。
「寒いでしょう。いつからここにいたの?」
「あ、みゆきちゃん、優しい」
嬉しそうに笑う翔の表情。やっぱり天使の笑顔。
「いらっしゃい。あったかい物でも買ってあげる」
私は自販機まで行くと、お金を入れた。
すかさず、翔が缶コーヒーのボタンを押した。指の長いきれいな手だった。
「無糖じゃないんだ」
思わず私は笑った。高校生だから、格好つけて無糖を選ぶのかと思っていたから。
「だって、苦いじゃん」
ちょっとふくれっ面をして睨んだ顔が、また可愛くて、私は笑いが止まらなくなってしまった。
「あー、みゆきちゃん、笑ってる」
こんなに笑うのは何年振りだろう。もうずっと会社と家との往復だけの生活を送っていたのだと、気付かされた。
私と翔は、顔を見合わせて笑った。
そうして、その缶コーヒーを半分こした。
間接キスだあ、と笑う翔に、やっぱり高校生なんだなあと思った。そうして、心の中でそっと苦笑した。
翔はその日から毎晩私の前に現れて、バス停までの短い距離を一緒に歩いた。
2人の会話はとりとめもない話ばかりで、翔は自分のことを多くは語らなかった。
高校生くらいだとは思ったけれど、実際は何歳で、昼間は何をしているのか。そもそも、何故私に声を掛けてきたのか。
でも、私はそれでいいと思った。聞いてしまったら、深みにはまってしまう。それが怖かった。
些細なことで笑いあったり、共通点をみつけては驚いてみたり。それで充分だった。今日はボクのおごり、と言って翔が缶コーヒーを差し出してくれた日もあった。
平日は必ず、いつもの場所で翔は待っていた。土日はどうしてるのかと思ったら、会社休みでしょ、と言われた。今年のクリスマスイブは休日だった。だから、会わなかった。休日だから。イブイブだよ、と翔は言ったけれど、特別なことはお互い何もしなかった。
所詮は、会社から駅前のバス停まで歩くだけ。デートですらない。
仕事納めの日。
当日になって、気付いた。
会社のない日は翔と会えない。それも、彼が会いに来てくれるからで、私は翔の居場所も連絡先も知らないのだった。
それ程、翔と会う毎日は当たり前になっていた。逢えなくなる、その事実が私を打ちのめす。
でも、そんなことを自分から聞くことはできなかった。
「どうしたの?」
翔は、そんな私の気持ちに気付くこともなく、無邪気な笑顔で聞いてくる。
「…ちょっと疲れたの。残業続きで」
明日からの10連休。その間、翔はどこで何をしているんだろう。
その時、彼の暖かな手が、私の手を包み込んだ。そうして、指を絡めて握りしめてきた。
「みゆきちゃんの手、あったかい」
私を長い時間待っていたであろう翔の手は、思っていた程冷たくはなかった。
「翔の手もあったかいわよ」
そうだね、と声を上げて翔が笑う。その優しい笑顔を見ても、不安が消え去ることはなかった。
いつもの道を、手をつないで歩く。掌を通して翔のぬくもりが伝わってくる。
ゆっくり歩いたの筈なのに、いつもより早くバス停に着いてしまったような気がした。
バスは時刻通りにやってくる。そんな気持ちが翔の手を強く握りしめてしまった。
その時だった。
翔が、私を抱きしめたのだ。人目も気にせずに。
温もりが、翔の体温が、冷えた私の体を包み込む。
私は、顔を翔の肩にうずめた。暖かかった。嬉しくて、幸せだった。
ずっとこうしていたかったけれど、バスは無情にもやってくる。
翔は、抱きしめた腕をそのままに私の頬にキスをすると、腕をほどいて、バスに乗った。
バスを見送ることもできず、私はその場に立ち尽くした。
どれくらいそうしていただろう。
冷たい風が吹き、我に返った私の体はもう冷え切っていたのだった。
続く























