Nicotto Town ニコッとタウン

スマホ版あります♪



「もう会えない」Ⅳ



     Ⅳ

 翔と私は、休みの日に渋谷や原宿などで逢っていた。 
 その方が、会社の人間に会わないだろうと思ったから。 
 高校の知り合いに会う確率は高くなるが、翔は平気だから、の一言で片付けた。意外とこういうところは、頑固なのだ。 
 私たちは、人目を気にせず手をつないで街中を歩き、映画を観たり、店に入って食事をしたりとこれまでできなかったことをした。 
 お互いのことも色々話した。好きなことや苦手な物。生い立ちや家族のことや、これまでどんな生活を送ってきたのかなど。これまでは避けてきたこともたくさん話した。 
 話せば話すほど、私は翔の人柄に魅かれていった。翔といると、自分の年など忘れてしまう。よく言われるジェネレーションギャップを感じることは全くなかった。翔が気遣って、そういう話題を口にしなかったからかもしれない。 
 陽が落ちる頃には、翔はきちんと寮へ戻っていった。 
 冬だから、陽が落ちるのが早い。翔はそれを悔しがって、私たちは朝早くから逢うことになった。朝が早くても、若者の街でさえも構わなかった。翔と一緒にいることの方が大事だったから。 
 会社が定時に終わる日だけは、近くのあのカフェで、ゆっくりコーヒーを飲んだ。寮だから夕飯の時間とか規則があるのではないかと心配したけれど、翔は笑って、大丈夫、と答えるだけだったから、それ以上は口を挟めなかった。 
 気にしながらも、LINEで逢えるかどうかと聞かれると、嘘は付けなかった。 
 私も、1日でも多く翔に逢いたかったから。


 そんなある休みの日。翔にねだられて、千葉にあるランドへ行った。私は翔といることが当たり前になってしまっていて、油断してしまったのだ。 
 それが災いの元となった。 
 遠目に会社の後輩たちをみつけて、道を変えたものの、しっかりと私たちは見られていたらしい。翌日、私は後輩たちに囲まれた。 
「先輩、昨日一緒にいた綺麗なオトコのコ、知り合いなんですか?」 
 からかうような、そして妬みのこもった目付きだった。 
 私は常から用意していた言葉を口にした。親戚の子で、春に上京してくるから案内のついでに連れて行ってあげたのだと。 
 そんな事を、後輩たちが信じるわけがなかった。私たちは手をつないでいたし、どう見てもただの親戚ではないとわかっていた筈だ。それでも、後輩たちは冷ややかな目で私を見て、そうですよねえとあざ笑う様に去っていった。 
 彼女たちの背中をみつめながら、あっという間に会社中で噂が広まるだろうと、覚悟した。仕事にも影響が出るだろう。最悪、部署を飛ばされるかもしれない。 
 それでも、私は翔と別れようとは思わなかった。いや、考えることなどできなかった。 
 噂が流れても構わない。左遷されても構わない。さすがに会社を辞めさせられるまではいかないだろう、と思いたかったけれど、もし、そうなったとしても後悔はしない。 
 お互いの気持ちが一番だよ、そう言った天使の笑顔が、どうにか私の心を支えてくれていた。


 会社内で、噂はその日のうちに広まった。 
 周りの私を見る目が一気に冷ややかになった。私はその視線にじっと耐えた。翔の笑顔を思い浮かべながら。 
「松本くん」 
 夕方になって、上司に呼ばれた。覚悟を決めて、上司と会議室へと入る。 
「いきなりだが、噂は本当かね」 
 噂がどんな内容になっているのかわからなかったために、私は言葉に詰まってしまった。 
「君が、未成年の男と同棲している、と聞いたのだが、そんなことはないだろうな」 
 上司も半信半疑といった様子だった。 
 私は覚悟を決めて、口を開いた。 
「同棲などしておりません。ただ、確かに若い男性とお付き合いはしています」
 上司は、驚いたように口ごもった。これまでの真面目な仕事ぶりを認めてくれていた上司を裏切るような形になったことは心苦しかった。 
「…同棲、はしていないんだな」 
 やましいことはしていない。私は顔をあげて、はい、と答えた。 
 そうか、と難しい顔をして上司は言うと、私を解放した。 
 会議室を出ると、遠目に人が覗き込んでいるのが見えた。私は、まっすぐ前を向いて自分の席へと戻った。 
 やましいことはしていない。 
 本当にそう言えるのだろうか。確かに体を重ねてはいない。けれど、キスならいくらでもしている。どこからがやましい行為になるのか。私にはわからなかった。


 結局、何のお咎めもなく、しばらくは冷たい視線が続いたが、それもすぐに消え去った。 
 多くの社員の中の、若くもない私の話題など、一時の楽しみにしか過ぎないのだろう。 
 それでも、私の心は確かに痛手を負った。 
 翔には言わなかったが、何か察するものがあったのだろう。ある日、真剣なまなざしで、私に尋ねた。 
「会社で何かあった?」 
 思わず、パスタを丸めていた手が止まった。 
「ボクとのことがばれたんでしょう」 
 どうして翔はこんなにも気が回る子なんだろう。黙ったままの私を見て、それを肯定だと受け止めた。 
「それで、どうなったの? 今日もこうして逢ってくれてるってことは大丈夫だったんだよね?」 
 心配そうに顔を覗き込む翔に、私は力なく笑った。大丈夫、もう済んだことだから、と答えながら。 
「でも、みゆきは傷ついてる。ここのところ、ずっと元気なかったし」 
 翔と逢っている時には隠しているつもりだったのに、全部ばれていた。翔の笑顔にずっと救われていたから、気付いてないと思っていたのに。 
「平気よ。翔といられるなら、私はそれで充分」 
 そう答えた時、一瞬何か違和感を覚えた。翔の笑顔に。けれど、見間違いだったかと思う程、翔は鮮やかに笑うと、良かった、と言った。 
「ボクもみゆきといる時が一番幸せ」 
 そう言って、止まったままの私の手にそっと両手をかぶせた。 
 温かな翔の掌。繊細な長い指、それなのに私の手よりずっと大きくて、手だけではなく、体全体が包み込まれているような錯覚を起こす。 
 なんだか体がほてってきて、それを隠そうと、パスタが食べられない、と言った。 
 翔は照れた様子もなく、そうだね、と答えて手を離した。 
 私は、アイスコーヒーを大急ぎで口にした。グラスを置くと、翔がいたずらっ子のように笑っている。 
 幸せだ、と思った。自分の半分くらいしか生きていない男の子を、私は既に愛していた。翔は、春には大学生になる。そこで、新たな女性に出会うかもしれない。そうなったら、私たちは別れることになるんだろう。それでも、良かった。
 今が、こんなにも幸せなのだから。

                続く   

   

#日記広場:自作小説





Copyright © 2026 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.