「もう会えない」Ⅴ-2
- カテゴリ:自作小説
- 2019/01/19 00:38:51
翔は再び、私を抱きしめた。
「ボクね、魂を得て体という器をもらった時、カミさまから聞かれたんだ。何を望む?って。人として、何を望んで生きていくのかってね」
翔は、何を話しているんだろう。たましい? うつわ? かみさまって?
「ボクは、こう望んだんだ。この女性だ、と思える人に出会いたい、って」
そのことと、今しがた見た姿と、どんな関係があるのだろう。話があまりにも突飛すぎてついていけない私に、翔が苦笑する。
「いきなり無理だよね。こんな話、信じろって言われても。でも、本当のことなんだ」
私は、翔の顔をみつめた。嘘は言っていない、そういう表情だった。言葉の意味はわかっても、それを一本の線につなげるのは簡単なことではなかった。
「ようやくね、ようやく逢えたんだ。みゆきに。長かったよ。すごく長かった」
翔は、話を続けた。生を受けてからこの方、ずっと探し続けてきたのだと。こんなに長く生きてきたのに、たくさんの女性に出会ったのに、この人だと思える人はいなかったのだと。
そして、ようやく私をみつけたのだと言うと、天使の笑顔で私の眼を覗き込んだ。
「みゆきに逢えて、どんなに嬉しかったと思う?」
「…どうして、私なの?」
自分にもわからない、と翔は答えた。でも、私をちらと見たあの時に、ようやく逢えた、とわかったのだという。
「でも、駄目なんだ。今は後悔してる。どうしてカミさまにあんな風に言ってしまったんだろうって」
後悔? 何が駄目なの?
「出会いたい、じゃ駄目だったんだ。添い遂げたい、って言わなければいけなかったんだ」
私は悲しいことに、その言葉の意味を理解してしまった。
「ボクは、みゆきに出会ってしまった。だから、帰らなくちゃいけない。カミさまの元に」
頭の中が真っ白になった。もう何も考えられなかった。
「ごめん。みゆきと別れたくない。でも、ボクにはどうすることもできないんだ。もう、ボクには時間がない。だから、最期の一瞬まで、みゆきと一緒にいたい。お願いだから、ボクと一緒にいて」
「…帰るって、…死ぬ、って、ことなのね?」
小さな声で、翔は、うん、と答えた。
受け入れがたい事実が、私を打ちのめす。
私は思い切り両手に力を込めて、翔の胸を突き飛ばした。翔はふらつきながらも、驚いた顔で私をみつめた。
「わかっていて、…わかっていて、それなのに私に逢いに来たの?」
「違う、こうなるなんて思わなかったんだ。自分の言葉の本当の意味に気付いたのはつい最近なんだ」
これからずっと、みゆきと一緒に幸せに暮らしていけると思ってた、そう翔は叫んだ。
3月とはいえ、まだ冷たい空気が私の体を凍らせる。
わかりたくなどなかった。それでも、真剣な翔の顔を見てしまっては、受け入れる他はないのだと、自分に言い聞かせるしかなかった。
「…全部、本当のことなのね」
泣きそうな顔で、翔は頷いた。
初めて見る、悲し気な翔の表情だった。
深いため息をついた私に、ごめん、と翔はもう一度言った。
「…だから、仕事を休んで欲しいの?」
うんうん、と翔は大きく頷く。
「私に、…最期を看取れ、ってこと?」
「そうじゃない。残された時間を一緒にいたいんだ。望みはかなってしまった。どのみち、もう時間は残されていない。だから、一秒でも長くみゆきと一緒にいたいんだ」
「…あと、どれくらい、なの?」
「よくはわからない。でも、多分あと2週間もないと思う」
そんなに急に? 来月から大学生になるんじゃなかったの? その頃になったら逢える、そう思って淋しい気持ちを私も我慢していたのに。
心の中では、色々な思いが叫んでいた。でも、哀し気な翔の顔を見たら、何も言えなかった。
覚悟を決めるしかなかった。
「…わかった。明日から休むわ。私の部屋に来て」
こんな時期に仕事を10日以上も休んだら、クビになるだろう。でも、翔のことを思うと、そんなことはどうでも良かった。
翔が逝ってしまうというのなら、私も最後の一瞬まで、翔と一緒にいたい。
そうして、翔と私はいつものように手をつないで、私の部屋へ帰ったのだった。
続く
























