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「もう会えない」Ⅵ-2



(続き)

 私はできるだけ、朝起きて、食事を取って、洗濯をして、という普通の生活をするように努めた。 
 自堕落な生活を、翔と送ることは嫌だと思ったから。 
 その日も、翔と2人で作った炊き込みご飯を食べて、うとうとしかけた翔をソファーに連れてゆき、膝枕で寝かせていた。 
 翔の髪を撫でながら、昨夜の疲れのせいか、私も眠りかけていた。 
「…みゆき」 
 翔の声に目を覚ます。 
 見ると、翔の姿がぼんやりと霞んでいた。 
「翔!」 
 翔は腕を伸ばすと、私の首を抱いて自分の顔に近づけた。 
 私たちは涙をこらえながら、笑顔で唇を交わした。 
 次第に、首にあった翔の腕が軽くなってゆく。 
「みゆき、愛してる」 
 翔のハイトーンボイスも微かな響きに変わっていた。 
「私も愛してる。逝かないで、翔」 
 私は膝の上の翔を抱きしめながら何度も何度も叫んだ。 
「みゆき…」 
 翔の掌が私の頬を包み込む。 
「…あい、して、る」 
 その時、ふわっと光の粒が輝いたかと思うと、翔の体を包んだそれは一気にはじけ飛んだ。 
 ふいに、私の膝の上が軽くなった。 
「翔!」 
 何も残ってはいなかった。私の膝の上には、翔がいた痕跡一つ残っていなかった。 
「う…」 
 嗚咽が止まらなかった。涙があふれてあふれて止まらなかった。泣いても泣いても、翔は戻らなかった。 
 いつの間にか陽は落ちて、辺りは真っ暗になった。 
 私は狂ったように家中の電気を付けて、翔の姿を探し回った。 
 台所はもちろん、洗面台も、リビングも、洗濯機の籠の中にすら、翔が使っていたものが残っていた。 
 でも、翔の姿はどこにもなかった。どこを探しても。 
 私は、ソファーに崩れ落ちるように座り込んだ。 
『出会いたい、じゃ駄目だったんだ。添い遂げたい、って言わなければいけなかったんだ』 
 翔の言葉がよみがえる。 
 逝ってしまったのだ。本当に。 
 翔との出会いから今日までのことが走馬灯のように繰り返す。 
 たった4ケ月。もっと色々なことができただろうに。 
 それでも、この10日余りの密度の濃い日々が、何年も一緒にいたかのように思えたのだった。


 翌々日、私は会社へと戻った。 
 上司が病欠にしておいてくれたお蔭で、私は方々へ頭を下げただけで会社へ残ることができた。


 春になった。 
 名前のせいで、余り好きではなかった冬は終わった。 
 けれど、今は冬が恋しい。 
 翔と過ごした、あの短かった冬の日々が恋しくてたまらない。

           ― 完 ―


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