Nicotto Town



1月自作 駒・リンク 「大陸一の技師」1/2

(今回は、ウサギ技師視点のお話です)


 雪がどっかり降り積もったその日。塔の扉の外に変なものが居るって、ワカタケちゃんが教えにきた。
 ワカタケちゃんていうのは、若竹色のスカートをはいてる赤毛っ子で、この塔の「子宮」でだいたい五十番目ぐらいに生まれた人工妖精だ。
 妖精と言っちゃったけど、実のところは、ごくごく普通の人間の女の子のクローン体。毎年俺の塔で生まれ来る赤毛っ子たちのひとりなんだが、みんな顔がまったく同じなもんで、俺はスカートの色で個体識別している。

「えーちょっとまって、俺今、見ての通り、誰が見ても絶世の美女な、銀髪さらら~の奥さんと、チェスやってるから」
「あら、ナイトの守りにかまけすぎましたね。はい、チェックメイトですよ」
「え。ちょ、ま、奥さんまっ――」
「待ったなしですよ、ピピさん」

 あ、無理。この微笑み。神々しくて、とても勝てませんごめんなさい。

――「負けたなら、席を外していいですよね!」
「ひょええ?!」

 ワカタケちゃんは俺の耳を強引に引っ張って、若竹色のスカートをひるがえし、塔のてっぺんから一気にぐるぐる、らせん階段を駆け下りた。

「ふげええ! 耳持ってぶら下げんじゃねええええ!」
「いいから早く、ピピさまっ!」
「よくねええええ! ぬいぐるみだって、こんな持ち方アウトだぞごらあああ!」

 史上最強・不老不死のウサギにして、大陸一の技師に対する扱いじゃないだろこれは……! 
 ワカタケちゃんといいセイジちゃんといい、最近育ちあがった赤毛っ子は、なんだか乱暴な子が多いような気が……
 いやまあ、それはさておいて。

 俺んち、すなわち天つく円塔の入り口に、なんだかぼてっと在るものを、家主の俺はさっそく確認してみた。見るなり、ああ、と納得する。
 そいつはずたぼろの巡礼服に身を包んで、くたびれてぺちゃんこのリュックを両手に抱えてうずくまってる、ひとりの男だった。真っ赤な髪の毛がなんだか黒ずんじゃってて、えらく汚れてる。
 うん。そろそろかなとは、思ってたんだ。予想通りというか、なんというか。

「あ……えっと。おかえり?」
「……」
「遠慮しないで、扉の呼び鈴押せばよかったのに」
「……」
「今さらどの面下げてとか、思っちゃってない? 俺は思ってないよ? 全然そんなこと思ってないよ? あんたの娘さん、首を長くしてあんたの帰りを待ってるよ。だからさ、かけこみ寺的に来てくれてありがとう。中に入りなよ」
「でも……」
「いまさら遠慮すんなって! ワカタケちゃん、とりまこいつを、風呂に突っ込んで!」

 うわ、くさーいと鼻をつまみながら、赤毛っ子がずたぼろ青年の首根っこをひっつかんで、ずるずる塔の中へ引っ張っていく。あわれにも、だいぶ体力が消耗してるみたいで、青年はなされるがまま。頬がこけてて、ずいぶん痩せちゃってる。

 まあ無理もない。
 狼のぬいぐるみの目に入っている奥さんの声を娘に聞かせてやりたいがため、赤毛男は四大の神殿の宝物を求めて、大陸を一周してきた。しかも巡礼者として、すべての道程を徒歩と小舟で踏破している。年配の人はゆったり一年かけて巡礼するって聞くから、半年って結構、驚異的な速さだと思う。

 俺は趣味で作った機械船に乗って追っかけて、状況確認をした。神殿から神殿にいくのも、塔に帰ってくるのも、ほんの数日で済んだけど。そういうものに乗っていてすら、大陸はほんとに広いなぁと痛感した。
 この大陸は真ん中にぽっかり、オムパロスを擁する黄海があるだけで。あとは大地が、どこまでも果てしなく続いてる。緑の山々。赤い砂漠。黒い森。どれも馬鹿みたいに巨大な規模で果てしがない。

  あいつはかなりの速足で街道を進んで、各神殿を回ってきたんだろう。
  でも、果たしたかった望みは、叶えられなかった。見ず知らずの人間がおいそれと、神殿の宝物を貸してもらえるはずがない。
 俺はぴょんと風呂場に跳んで、風呂場の壁を呆然と眺めてる赤毛男を励ました。

「大丈夫だよ。素材探しに行ってくれてる猫目さん待ちだけど、あんたの奥さんは、俺が絶対蘇らせる。カーリンもそれまでの辛抱だって、よく分かってるから」
「風呂場、広くなってる……」
「あ、うん、つい最近改修したんだ」
「壁にでかでか、山の絵が……」
「霊峰ビングロングムシューだぜ。ちまたの銭湯では、景色絵にこの山描くことが多いんだってさ。霊峰百景とか、芸術作品わんさかあるぐらい、あの山って絵になるもんな」
「でもあのこれ……カーリンが、描いたんじゃ……ないです、か?」

 おっと。さすが親父だな。ひと目で気づくとかさすがじゃん。
 そうそう、こいつの娘って結構絵心あるんだよ。クレヨンで絵を描くのが好きでさ。俺の顔も、ほんと素敵に描いてくれるんだぜ。クレヨンの代わりにペンキ持たせたらこの通り。ファンシーでファンタスティックなお山の風景を描いてくれたんだ。

「冠雪の山を眺めるウサギたち……」

 そうそう、あそこの山のふもとには、ハッピーモフモフランドっていうウサギ園があるもんな。
 たまに俺の塔もそこへ行く。こいつが巡礼してる間にも、ウサギの様子を見るために一度行った。せっかくなんでこいつの娘も誘った。
 パパも一緒だったらよかったなって、カーリンてば、母さんが入ってるぬいぐるみ抱きしめて言ってたんだよね。

「ウサギたちに囲まれながら、一緒に山を眺める娘……」

 うんうん。

「娘の両脇には……金色の狼と……赤毛の男……」

 うんうん。それはさ、お母さんとお父さんだよ。親子三人でこうしたい、っていう願望の絵だ。

「カーリン……ごめん、カーリン……」
「涙腺崩壊すんのは分かるけど、頭、早く洗いなよ。赤く見えないぐらい黒ずんじゃってさ。そんなんじゃ、パパどうしたのって娘を心配させちまうぜ」

 うずくまって泣きじゃくる赤毛男の肩をぽんと叩き、俺はワカタケちゃんをお隣さんへと使いに出した。隣にあるのはエティア王国の王宮で、最近赤毛男の娘は、蛇の王妃様のもとでかなり忙しくしてる。王妃様がお生みになった蛇の御子たちの、お世話係に任命されたんだ。
 父親である赤毛男は御子たちの守護騎士であるのだから、その娘は当然、その仕事を手伝うがよい――
 王妃様はそう思し召した。

 守護騎士の複製が国王陛下を狙った騒ぎが起こったけど、陛下は無事。守護騎士が自分で始末をつけたから、あいつ自身はお咎めなしで、いまだその地位に留め置かれている。本人は辞職したがったけど、蛇の王妃様がだだをこねて許さなかった。
 曰く。

「あれが作る、特製の卵料理を食べたいのじゃ! とっとと帰ってくるのじゃー!」

 あいつの腕前は食聖仕込みなので、さもあらん。そんじゃ前と同じく宮廷料理人として雇えばいいじゃないですかと言いたいとこだが、王妃様はなにげにロマンティストなので、そばにひとり、かっこいい騎士兼専用料理人なるものを囲っておきたいらしい。つまり超面食いってことだ。赤毛男が半年という超高速で帰ってきたのは、たぶんに王妃様の催促もあったんだろう。

「俺の代わりに、カーリンが王家に尽くしているとは……実に面目ないことです」
 
 セイジちゃんとアカネちゃんの介添えできれいになった赤毛男は、こざっぱりした服を着て、塔の食堂の席に落ち着いた。
 
「ほんと、どんな顔をして娘に会えばいいのか……わかりません。俺、あの子に約束したのに。絶対|お母さん《ディーネ》の声を聞かせてやるからって……」


 

 

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2019/02/04 22:59
巡礼から戻ったんですね^^
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2019/01/27 16:21
長編はかけるだけ書いてから、前のほうをバッサリ切り捨てて300枚~500枚の公募仕様にするといいと、師匠が言ってましたよ。思う存分にどうぞ。
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2019/01/27 14:22
この物語の完結は、まだまだ掛かりそうですね。




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