Nicotto Town



2月自作 氷雪 「雪まつり」 1/2

 扉を開けたら、そこは雪国――ではなかった。

「今年は全然、雪が降らなくて」

 異常気象とか暖冬だとか。そんな言葉が緑の芝生にたむろする人たちから、ちらほら。宮殿の光熱費が激減してウハウハだが、という声も聞こえてくる。紺のお仕着せを着たあの集団は、王宮の経理部に勤めている文官たちなのだろう。

赤服の侍従や、コック服の料理人。掃除夫や道化師もいる。

エティア王宮の左翼中央。使用人専用の中庭は本日、大にぎわいだ。

昼下がりの中庭は、ぽかぽか暖かい小春日和――どころではない。そびえる白壁に切り取られた空は真っ青で、お天道さまがカッと輝いている。

「暑っ……」

 脳天をじりじり焼かれた赤毛の青年は、我が身を隠すようにビロードのマントを頭から被った。

 そばには、襟や袖の白いレースをひらひらさせ、しきりに揉み手している侍従長がいる。

「ええとそれで侍従長。ここで、使用人主催の催しをするはずだったと?」

「はい、蛇の守護卿。その予定であったのですが。何分今年は、異常に暖かくて、雪がさっぱり積もらなかったのです」

「えっとそれで。有志が氷の巨人を連れてくるよう、手を打ったと」

「はい、ここでたっぷり巨人さんに雪を吐いてもらって、毎年恒例の雪祭りをやろうとしたのでございます」

「でも、巨人を連れてきた奴らが、ヘマこいたと」

 すみません、ごめんなさい、この通り。侍従長が両手を合わせて頭を下げてくる。

「我が宮廷の予算はきちきちですので、陛下に頼んで王立騎士団や常備軍を出してもらうわけにはいかず。あなた様もお忙しそうでしたので、使用人みなから少しずつ集金し、そのお金で王都の私立騎士団にお願いしたんです。でも騎士とは名ばかり、実はほとんど素人と変わらぬ集団だったのです。まさか交渉しないで、いきなり捕まえて檻に入れてくるなんて……」

「そりゃあ怒って当然。宮殿の門ぐらい踏み潰しますね」

 すみません、どうかよろしくお願いしますと、侍従長は膝を折って赤毛の青年を拝み倒した。

「お手数をおかけしてしまいますが。暴れている巨人さんを、説得してください」 

 王宮勤めに戻った赤毛の青年は大忙し。蛇の女王の子供たちを護衛し、面倒を見るのが仕事だが、彼の役職は摂政位と同等。国王と共に、王国内のあらゆる問題を把握して解決し、宮廷をつつがなく運営し、宮殿の保全に務めなければならない。

 会議でゆっくり決める案件もあれば、今回のように緊急性はなはだしいものもある。ジャルデ国王陛下は、青年の肩を叩いて励ましたものだ。

『政務は大変だぞ。一言でいえば、首が回らん。おまえという助手を得て、国庫が楽になるといいなと思っとる』

『予算組むの大変ってことですか? ですが陛下、俺は会計とか金勘定とか、いまだかつてやったことないし、計算苦手です』

『いやだから、おまえが|働け《・・》ば、いろいろな経費が浮くってことさ。その能力をフルに活かせ、金槌卿』

 青年は血の中に潜む金槌遺伝子のおかげで、英雄の能力をそっくり自分のものとして扱える力を持っている。英雄殺しの突然変異種で、なんと剣聖並みの戦闘能力を持つ国王と、全く同じ力を発揮できるのだ。

「ええと。これから巨人をぶん殴って落ち着かせて、大結界に閉じ込めてから土下座してあやまって、全力で交渉……これを、俺一人でやれってか」

正規の手順を踏むと、宮殿の衛兵総動員に加えて、最寄りの駐屯地から魔導士隊入りの常備軍を呼ばねばならない。すなわち、莫大な経費がかかる。

「俺が処理すればあら不思議、経費はタダ。王都の下水道から出てきた突然変異ワームを退治したり王立牧場の猛牛が逃げたの追っかけたり、たしかに超忙しいけど。遠慮しないで、始めから俺に頼めばよかったのに」

「すみません。めちゃめちゃ働いていただいてるので、なんだか悪くて」

 緑の芝生にひしめく人々から、申し訳なさそうなまなざしが一斉に飛んでくる。

「あの、うちの娘も、雪まつりできるといいなあって言ってたんで。ほんと遠慮しないでください。それでは、行ってきます」

「守護卿、ありがとうございます……!」

「おお、ご承諾くださった」

「さすがですな!」

「がんばってくださいー!」

 期待と称賛の歓声を背に受けながら、青年は中庭を出た。長い回廊を足早に進むと、ぐるああぐるああと、異様な雄たけびが宮殿を振動させてきた。氷の巨人が暴れているのだ。

門から移動したのか。どこへ行ったのか。震源を探りつつ、急いで大広間を横切ったとき。青年は、ちょうどそこに入ってきた国王陛下とかち会った。

「金槌卿、俺の家族と廷臣たちの避難が済んだ。みな裏手の広場にいる。お前の娘もいるから心配するな」

「ありがとうございます」

 青年の娘は蛇の王妃の侍女となっていて、王妃の子たちの面倒を見ている。金髪まぶしいかわいい少女だ。

「表の庭園へ急げ。巨人はそこにいる」

「御意、陛下」

「俺は巨人を捕らえた馬鹿どもを速攻で尋問して、裁判所に突っ込んでくる。後は頼んだぞ。ま、俺の剣技を使えば造作もなかろう。殺神斬で一刀両断すりゃ――」

「陛下、殺しちゃだめなんです」

「おっとそうか。とにかく宮殿をこわされないようにな。これ以上修理費がかさむのはまずい」


 青年は全速力で大理石の床を蹴り、庭園に出た。大きな噴水と広い水路が、はるか先にある正門までえんえんと連なっている。空気は暖かくカンカン照りだというのに、噴水も水路もすっかり凍りついていて、まばゆい白金色の氷が目を焼いてきた。

顔をしかめながら、青年は目をこらした。彼方の門はきんきんに凍った状態で粉砕されている。

 ぐおああ、ぐおああ。巨人の叫びがすぐ横から。そう思ったとたん、青年は巨大な張り手に吹っ飛ばされた。

「っ――!!」

 

 

 

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2019/03/11 22:29
いきなり食らいましたか^^
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2019/03/01 03:58
色んな問題にぶち当たりますね。




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