「百の庭園」 序歌 イオニマスの虹 3/3
- カテゴリ:自作小説
- 2019/06/24 23:28:35
「もっと色が無くなれ! 無になれ!」
願わくば。白い光が、我が身を消し去ってくれるように――
揺れる鏡が発光しはじめた。どうっと、鏡面からまばゆい光が立ち昇る。
天に向かってきらめきほとばしる柱の中で、少年は叫んだ。今や彼は光に持ち上げられて宙に浮いていた。そんなすさまじい光に怯むことなく、彼は頭上で唄い続けるフクロウを見据えた。
『轟け! 音の神!』
竪琴の音色が鳥たちの歌を抱きしめる。
鏡が発するまばゆい光に焼かれながら、少年はもっと揺さぶれとフクロウに怒鳴った。自分と同じく、まっしろな光の柱に包まれた鳥に。
『轟け! 音の――』
しかし突然。ばちりと、少年の指から何かが切れる音がした。
短い悲鳴を上げて、少年は竪琴を奏でる手を止めた。
ぶつりと伴奏が途切れたとたん、鏡からほとばしる光が消える。ずいぶん高く浮いていた少年の体は急速に落ちて、どさりと鏡面に転がった。
「くそ……弦が切れた! 何してるアレクトー、唄い続けろ!」
フクロウが唄うのを止めたので、少年は怒りの声を頭上に投げた。
「いいえ、だめです。私だけでは、開闢の音は出せません。あなたと一緒でなければ」
フクロウは哀しげにホウと鳴いた。実に、フクロウらしく。
蒼い世話鳥たちもたちまち、唄うのを止めた。蜘蛛の子を散らしたように四方八方に飛び行きて、イオニマスの虹の中にばらばらと隠れていく。
しろがね色のフクロウは、少年のそばに降り立った。
「ハーミズ、手を怪我したのですね? 爪を使わず素手で弦を弾いたから……」
「平気だ、あとの六本でなんとか伴奏す……いつっ」
「演奏は無理ですか? 続けたければ、何か音を出してください。私と共に、唄っていただくのが一番ですが」
「唄う? 僕が?」
哀しげにじっと見つめてくるフクロウに、少年は怯んだ。立ち上がれずに尻を鏡に付けたまま、弦が切れた竪琴を、まるで盾にするかのように抱きしめる。
「声を出して? 間抜け面で、唄えだと?」
「まだ鏡は震動しています。いますぐ歌い始めれば、もう一度開闢の魔力を発動できます。とにかく、何か音を出してくだされば、合わせますので――」
「嫌だ!」
竪琴をぎゅっと抱きしめて、少年は即座に拒否した。
「唄わない。絶対に」
「ハーミズ、鏡が鎮まっていきます。今すぐ、和合を繋げないと……」
「無理だ。唄うのだけは、まっぴらごめんだ。左手でなんとか……ううっ? 魔導石が……砕けた?」
震えながら血にまみれた右手で竪琴を持ち、左手で弾こうとするも。またぶちりと弦が切れる。それどころか、七色にそれぞれ輝く石の数個にヒビが入り、輝きがすっかり失せていた。ああ、もう限界なのでしょうと、フクロウは深く嘆息した。
「その楽器、今までずいぶん、使いすぎましたから。でも、魔石が砕けるなんて。もしかしたら、私たちが編んだ魔力に耐えきれなかったのでしょうか」
「僕らの魔力に? たしかに鏡から出た光は、かつてないほど凄かったけど。魔力が倍増するぐらい、しっくり和合してたってことか? ちくしょう、鏡の振動が止まった」
少年は悔しげにばんと鏡を打ち叩き、竪琴を抱えたまま身を縮めた。
「もうだめだ。今日はもう、開闢の光は出せない」
「ああ、日没ですね」
太陽が出ていなければ、〈島〉を広げる光の柱は発生しない。陽光の力こそ、天地創造の力。契約の炎であるからだ。
フクロウが慰めるようにほろほろと、優しい歌を口ずさむ。
しばらく竪琴に頭をうずめて落ち込んでいた少年は、その長い歌が終わるとようやくのこと、空を見上げた。
「……一番星」
「ええ、すっかり日が暮れました。帰宅の時間です、ハーミズ」
「ひと晩経ったら、今の分を入れなくとも、大きく一歩分ぐらいは広がるよな」
きっと広がるでしょうと、フクロウはうなずいた。
「先ほどのも、少しは効果があるかと思われます」
「瞬間的な放出量はすごかったけど、あれはほとんどだめだと思う」
家に戻ったら急いで、竪琴を修理しなければ。
一日たりとて、和合を欠かすことはできない。土地を広げるだけでなく、その広さを保つためにも、鏡の光が要るのだ。世話鳥を仕上げなければならないし、休んでいるひまはない。今夜は徹夜だ……
少年は立ち上がり、イオニマスの葉が橙になりかけているところを見据えて、さくさく歩き出した。進むにつれ、葉の色が変化する。我が身のそばにある木は常に、緑色に発光しているように見え、遠ざかるほど黄色みを帯びていく。あたかも、虹の中心が自分に合わせて移動しているかのようだ。
「九十八、九十九、百、百一、百二、百三……百四歩」
歩数を数えて、少年はマンホールのような黒い蓋が嵌まっているところで止まった。
低木の茂みにほぼ隠れているその重い蓋を引き上げると、地下に通じるトンネルが現れる。このトンネルのはるか下までついている鉄の梯子を降りていけば、我が家兼工房にたどりつく。
「おやすみ、僕のイオニマス。おやすみ、鳥たち。おいアレクトー、早く来い」
「わたくしは残って、当直をいたします」
「世話鳥に任せろ。おまえは一緒に僕の家に戻れ」
フクロウは不満げにホウと鳴いたが、少年の命令に従い、彼の肩に止まった。
少年が梯子をつたって暗いトンネルを降り出すと。蒼い世話鳥たちがどこからともなく、五、六羽現れて、ぴゅるぴゅる鳴いた。まるでおやすみなさいと見送るかのように。鳥たちはしばらくさえずったあと、互いに協力しあって、黒くて重たいトンネルの蓋をどずんと閉じた。
こうしてイオニマスの庭園に今日も夜が訪れた。
無数の銀のまたたきが漆黒の空に輝く間、夜空を映す鏡の周囲はじわじわと少しずつ、広がっていった。
なぜならば、命とは、夜に生まれるものだからだ。
成長もまた、同様である。
イオニマスの庭園は生きている。
いや、ここだけではなく、百の欠片に分かれた〈島〉のすべてが、みなこのように日々、成長したり縮んだりしている。
今日この日、七十以上の〈島〉が少し広がり、約三十の〈島〉が少し縮んだ。
一番広がったのは、このイオニマスの庭園だった。
少年の足で大きく二歩、この〈島〉は朝になるまでにじわじわ成長した。
園丁たる銀髪の少年の予想を、大きく越えて。
鏡の波動、虹の輝き、旋律、陽の光。
根源のエネルギーをフル活用して広がる島。
日々、エネルギーを動かし、世話鳥を作る生活。
その生活の奥にある大きな目的。
こんな生活もいいかなと、ちょっと思いました^^
楽しいお話をありがとうございます♪
今後を保つ為にも、色んな努力が必要ですね。