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本当は恐ろしい忠臣蔵のおはなし その14

大石内蔵助良雄ら浅野家遺臣は、元禄15年12月14日に吉良邸を襲撃し、吉良義央の首を挙げてしまった。事件を知った民衆は熱狂し、大石らを正義、吉良を悪と認識してしまった。理屈では大石らが悪なのだが、民衆の「心情」は理屈ではない。ちょっと窮屈な世の中で、一見「義」に見えることを赤穂浪士がやってのけた。それだけで大衆は大石側についたのだ。

幕府としては、私闘を仕掛けた大石を許すわけにはいかない。だが、杓子定規に全員を斬首にすると民衆の反感を買う。そこで、幕府は赤穂浪士46人の処分について林大学頭信篤にどうすればよいか聞いている。

「逆説の日本史14近代爛熟編」井沢元彦著によると。

”天下の政道は忠孝の精神を盛ならしむるを第一とする。国に忠臣あり、家に孝子あれば、百善それから起って、善政おのずから行われる。大石以下五十人にも近い多数の忠義者を今日出したのは、名教の盛なる証として、政道上まことに慶すべきである。忠孝の大精神が一貫している以上、枝葉の点に多少の非難があっても、(中略)深く咎むるに足らぬ。彼らは幕府に対しては毫末も不満らしい体を示さず、城地召上のさいも素直に引渡した。彼らはただ、亡君が恨みの一刀を吉良上野介に加えんとして果たさなかったのを、臣子としてそのまま生かして置くに忍びないとし、亡主の志を継いで襲撃したのである。親のための復讐、君のための復讐は、今日公許されているところで、その点なんら咎むべきではないが、多人数が物々しく武装して吉良邸に討入った点、御禁止の徒党を結んだとしてあるいは非難されるかも知れないが、公儀に反抗せんがために徒党したのでなく、君の仇を復せんがために申合わせたのであるから、外形に拘泥することなくその精神を察しなければならぬ。もしかかる忠義の精神を一貫して亡主のために尽くした士を処罰する時は、忠孝御奨励の御趣旨を滅却することになり、御政道の根本が覆ってしまう。もし今直ちに無罪を宣告せられることが差障りを来すという事なら、当分お預けのままとして、後日何かの機会に宥免せらるべきであろう。
(『正史 忠臣蔵』福島四郎著 中公文庫)”

大石は口上書で「切腹を申しつけられたのは当然」だが、吉良とは喧嘩であって「吉良が生きていることは亡君にとって不快」だから「亡君に代わって吉良を殺す」のが忠義であると理論構成している。

林大学頭信篤はここにひっかかって大石らを忠義であるとして全員の助命を進言している。この助命論に異議を唱えたのが荻生徂徠であった。

つづく。

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2019/07/07 23:16
>ゆりかさん
こんばんは。
お返事遅くなりましたm(__)m土日はどうしても忙しくて...
吉良は本当に割を食ったというか、討ち入りのあとで息子は改易になってと踏んだり蹴ったりなんですよね。
吉良がドラマだったら、ある日突然浅野家家臣が討ち入ってきたくらいの感じで見せ所がなさ過ぎて難しいかも。
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2019/07/05 20:14
こんばんは、kiriさん。

前々回から一気に読ませて頂きましたが、吉良が本当に割を食ってますね~;;
怪我をさせられ、命まで奪われ、後世では名誉まで貶められ、悪役のレッテルが。
とても可哀そうな人物に思えてきました…(T_T)

そのうち、正月時代劇で吉良を主人公したドラマをやって欲しいですね。
「吉良が生きていることは亡君にとって不快」という理由が、堂々とまかり通ってしまうのですか?

続きも楽しみに読ませて頂きます♪




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