Nicotto Town



6月自作 アジサイ「嫉妬」

 庭にしとしと、雨が降っておりますんで、本日、舞のお稽古は延期です。

 うちがそう申し上げますと、姫さまは、ぶっくりふくれっ面にならはりました。

 姫さまは来週、弘徽殿の御方にお呼ばれしておりまして、そこで舞を披露したいと、ありていにいえば、弘徽殿の御方に見せつけたいと、思し召してはったからです。

「せやけど、ざんざん降りの雨ですから。お庭にはどうにも、出られまへん」

 帝よりいただきましたお屋敷のお庭は、それはそれは広くて、お池の前に広い石畳がございます。そこが格好の稽古場となっておりますが、屋根のない所にて、舞の練習は無理というもの。

 気を紛らわせるために、貝合わせでもいたしましょう。そうお誘いしましたが、姫さまはふくれっ面のまま。なんとしても、「こっきー」の度肝を抜かせてやるのだと仰せになるのでした。

「こっきー?」

「弘徽殿の御方なんて、なんか堅苦しくって。あちらさまも、気軽に呼んでねっておっしゃって、それじゃあって、お互いに愛称をつけあった結果なんやけどー」

 姫様は目玉をくるくる、愛嬌たっぷりに上をむいて、ばっさばっさと扇子をお降りにならはりました。

「はぁ。ではこっきーの御方は、我が姫のことは、どうお呼びにならはってるのですか?」

「あきちゃんて呼んでいいって、いいましたわ」

「あきちゃん……」

  弘徽殿の御方は姫さまよりも数年早く、入内なさった女御さまでございます。

  なれども、うちの姫さまの方が後見の力が強く、家格が上。入内されてほどなく中宮に昇られ、先輩である弘徽殿の御方よりも、はるかに身分が上のお妃さまとならはりました。同じ女御のご身分であられた数か月間は、あちらさまはそれはそれは、偉そうにしてはりましたが、今はまるで、子犬のような尻尾の振りようでございます。

 それで姫さまも調子に乗ってはりまして、ことあるごとに、あちらさまに招待させては、お菓子を食べまくるわ、芸事を自慢げに披露するわ、やりたい放題なのでございます。

 とても親しき友達なのだと、単にきゃぴきゃぴの女子会してるだけやと、姫さまは仰せなのですが。正真正銘ほんとうに仲がよろしいのかは、はなはだ疑問の間柄でございます。

 「あ。よしこ、うたがってるわね? その貌」

 「そりゃそうですわ、姫さまは最近わがまま放題、あちらさまにしてみれば、うざいのひとことでございますやろ」

「そんなことあらしまへんわ。こっきーは、うちにとって、ほんとにほんとのともだちですわ」

 だっていろいろ相談されるんですものと、姫さまは、畳の台座の上で胸を張られました。

「よしこ、もしかして、うちのこと誤解してまへんか? うちはあちらさまの御菓子をたんと食べさしてもろてますが、ちゃんとお礼の品を、届けさしてます」 

「はあ、まあ、たしかに」

「貝合わせの会でも歌詠みの会でも、事前にお勉強会開いて、なかよう学んでますし」

「はぁ、まあ、たしかに。ふたり示し合わせて、根回し三昧してますね」

「それにおたがいに、恋愛相談しあってますわ」

「え」

「これで親友じゃないとか、ないでしょう?」

「ええまあ」

 恋愛相談?

 って、お二人の良人たる御方は、内裏におわす主上なのですが。

 お二人は主上の寵をえんと競い合う仲であるはずなのですが。

「れんあいそうだん。そないなことまでしてはるとは」

「まあありていにいえば、帝に送る文(ふみ)の文面を、一緒に考えるって感じで」

 ひとりで考えるのはマジめんどいからと、姫さまはぺろりと舌を出されました。

「はあ。うちだけでなく、こっきー様にもご助力願っているというわけですか」

「よしこが考える文面は、ばばくさいのよね」

 臆面もなくおっしゃる姫さまに、うちはウっと怯みました。

「こっきーは年も近いし、かさねの好みも似てるし。それに結構文才があるの」

「そ、そうなんですか」

 姫さまがお生まれあそばしたころから、うちはお仕えしておりますもので。このとき年甲斐もなく、姫様がこっきー様をたよりにしてはるというこの事実に、胸が痛くなりました。

 みにくい嫉妬が、じわじわぐるぐる、うちの胸中にうずまいたのでございます。

「ひまだから、今から弘徽殿にでかけようかしら」

 姫さまったら、しまいには、そううそぶく始末。ご迷惑ですよとおいさめしても、姫さまはにこにこ、外のお天気とは真逆のお貌にて、はやく輿の準備をしろと、おっしゃるのでございました。

「ああもう。先ぶれもなしにいきなりおしかけるなど」 

「大丈夫。あたくしと、こっきーの仲やものー」

 お供はいらぬと姫様は、さっそくうきうきとお出かけにならはりました。

 うちは深いため息をつきながら、雨に濡れた格子を降ろしました。

 湿けて蒸し暑いからと、姫さまが開けておくよう命じたものです。 

 閉じる間際、広いお庭に植わっている花々が、ちらりとうちの目に入ってまいりました。

 あやめにつつじに、それから。

「あずさあい……」

 舞のおけいこ場となっております石畳を囲むように、まんなかが真っ青な安治左井(あずさあい)の花が,たくさん咲き誇っておりました。

「こよいのうちに、よひらのいろよ、かわるがよい」

 まるで呪言のように、うちはぶつぶつ、つぶやきまして。それから、不機嫌を紛らわせるために、硯と筆を出しました。

 姫さまが、うちの望み通りに、こっきー様への執心をお失くしあそばしますように。あずさあいの花のごとくに、その心が色変わりされますように。

 そんな、ぽろっと吐露してしまったどうにも情けない妬みを、どこかに押しやるべく。うちはがむしゃらに、なにかを書き連ねたいと思ったのでした。

「書き出しは……」

 ああそうだ。

 先日起きました、ねこまな騒動でも、記しましょう。

 あれは入内前に姫さまが手に入れた、白いねこまが封じられた掛け軸が、発端となったのでございますが。

 おかげで姫さまはあわや、離縁される危機にまで陥りかけたのでございますが。

 その顛末は……

―—「よしこさま。失礼をいたします」

 あら。

 もうひとつの中宮殿から文(ふみ)が参ったと、女房たちがバタバタ。うちの書斎に走ってきまして、さし出してまいりました。

 急いで、中を改めなくては。

 うちは持ちかけた筆をおいて、枝にはさまれた文を受け取りました。

 夏の練香の匂いが、文からふわりと漂ってまいります。

 難癖なご要望とか、果たし状の類でなければよいのですが……。

 黒い雨空のように、気が重くなる、今日この頃なのでした。



―「嫉妬」 了―

 

 

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2020/07/03 18:25
なんというか、女子校の雰囲気を漂わせるお話です。
そしてまた、嫉妬というのは魅力的な感情なのだなあと思いました。
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2020/07/03 02:09
シリーズ第2話。
妖怪がからまない逸話を挟めると、
主要登場人物像が明確になるので、
効果的なのだなあと感心しました。

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2020/07/01 22:26
お姫様は、脳天気と言う所でしょうか。

それに仕えている侍従は、嫉妬深むき出しと言う所ですかね。

こう言うのが上手く行くのですかな?

このお2人は、今後何をされるのですかね。
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2020/07/01 12:25
あずさあい:あじさいの古名。藍があつまったもの、という意味。
平安時代のアジサイは、ガクアジサイです。

よひら:ガクアジサイの花の周りについている、花びらのようなガクの部分。四枚の花びら、という意味。
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2020/07/01 11:00
よくいえば天真爛漫な姫様と、常識人なよしこさんのコンビが織りなす王朝もの。
今回も堪能しましたどす(←京言葉?)




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