6月自作 アジサイ「嫉妬」
- カテゴリ:自作小説
- 2020/06/30 23:56:56
庭にしとしと、雨が降っておりますんで、本日、舞のお稽古は延期です。
うちがそう申し上げますと、姫さまは、ぶっくりふくれっ面にならはりました。
姫さまは来週、弘徽殿の御方にお呼ばれしておりまして、そこで舞を披露したいと、ありていにいえば、弘徽殿の御方に見せつけたいと、思し召してはったからです。
「せやけど、ざんざん降りの雨ですから。お庭にはどうにも、出られまへん」
帝よりいただきましたお屋敷のお庭は、それはそれは広くて、お池の前に広い石畳がございます。そこが格好の稽古場となっておりますが、屋根のない所にて、舞の練習は無理というもの。
気を紛らわせるために、貝合わせでもいたしましょう。そうお誘いしましたが、姫さまはふくれっ面のまま。なんとしても、「こっきー」の度肝を抜かせてやるのだと仰せになるのでした。
「こっきー?」
「弘徽殿の御方なんて、なんか堅苦しくって。あちらさまも、気軽に呼んでねっておっしゃって、それじゃあって、お互いに愛称をつけあった結果なんやけどー」
姫様は目玉をくるくる、愛嬌たっぷりに上をむいて、ばっさばっさと扇子をお降りにならはりました。
「はぁ。ではこっきーの御方は、我が姫のことは、どうお呼びにならはってるのですか?」
「あきちゃんて呼んでいいって、いいましたわ」
「あきちゃん……」
弘徽殿の御方は姫さまよりも数年早く、入内なさった女御さまでございます。
なれども、うちの姫さまの方が後見の力が強く、家格が上。入内されてほどなく中宮に昇られ、先輩である弘徽殿の御方よりも、はるかに身分が上のお妃さまとならはりました。同じ女御のご身分であられた数か月間は、あちらさまはそれはそれは、偉そうにしてはりましたが、今はまるで、子犬のような尻尾の振りようでございます。
それで姫さまも調子に乗ってはりまして、ことあるごとに、あちらさまに招待させては、お菓子を食べまくるわ、芸事を自慢げに披露するわ、やりたい放題なのでございます。
とても親しき友達なのだと、単にきゃぴきゃぴの女子会してるだけやと、姫さまは仰せなのですが。正真正銘ほんとうに仲がよろしいのかは、はなはだ疑問の間柄でございます。
「あ。よしこ、うたがってるわね? その貌」
「そりゃそうですわ、姫さまは最近わがまま放題、あちらさまにしてみれば、うざいのひとことでございますやろ」
「そんなことあらしまへんわ。こっきーは、うちにとって、ほんとにほんとのともだちですわ」
だっていろいろ相談されるんですものと、姫さまは、畳の台座の上で胸を張られました。
「よしこ、もしかして、うちのこと誤解してまへんか? うちはあちらさまの御菓子をたんと食べさしてもろてますが、ちゃんとお礼の品を、届けさしてます」
「はあ、まあ、たしかに」
「貝合わせの会でも歌詠みの会でも、事前にお勉強会開いて、なかよう学んでますし」
「はぁ、まあ、たしかに。ふたり示し合わせて、根回し三昧してますね」
「それにおたがいに、恋愛相談しあってますわ」
「え」
「これで親友じゃないとか、ないでしょう?」
「ええまあ」
恋愛相談?
って、お二人の良人たる御方は、内裏におわす主上なのですが。
お二人は主上の寵をえんと競い合う仲であるはずなのですが。
「れんあいそうだん。そないなことまでしてはるとは」
「まあありていにいえば、帝に送る文(ふみ)の文面を、一緒に考えるって感じで」
ひとりで考えるのはマジめんどいからと、姫さまはぺろりと舌を出されました。
「はあ。うちだけでなく、こっきー様にもご助力願っているというわけですか」
「よしこが考える文面は、ばばくさいのよね」
臆面もなくおっしゃる姫さまに、うちはウっと怯みました。
「こっきーは年も近いし、かさねの好みも似てるし。それに結構文才があるの」
「そ、そうなんですか」
姫さまがお生まれあそばしたころから、うちはお仕えしておりますもので。このとき年甲斐もなく、姫様がこっきー様をたよりにしてはるというこの事実に、胸が痛くなりました。
みにくい嫉妬が、じわじわぐるぐる、うちの胸中にうずまいたのでございます。
「ひまだから、今から弘徽殿にでかけようかしら」
姫さまったら、しまいには、そううそぶく始末。ご迷惑ですよとおいさめしても、姫さまはにこにこ、外のお天気とは真逆のお貌にて、はやく輿の準備をしろと、おっしゃるのでございました。
「ああもう。先ぶれもなしにいきなりおしかけるなど」
「大丈夫。あたくしと、こっきーの仲やものー」
お供はいらぬと姫様は、さっそくうきうきとお出かけにならはりました。
うちは深いため息をつきながら、雨に濡れた格子を降ろしました。
湿けて蒸し暑いからと、姫さまが開けておくよう命じたものです。
閉じる間際、広いお庭に植わっている花々が、ちらりとうちの目に入ってまいりました。
あやめにつつじに、それから。
「あずさあい……」
舞のおけいこ場となっております石畳を囲むように、まんなかが真っ青な安治左井(あずさあい)の花が,たくさん咲き誇っておりました。
「こよいのうちに、よひらのいろよ、かわるがよい」
まるで呪言のように、うちはぶつぶつ、つぶやきまして。それから、不機嫌を紛らわせるために、硯と筆を出しました。
姫さまが、うちの望み通りに、こっきー様への執心をお失くしあそばしますように。あずさあいの花のごとくに、その心が色変わりされますように。
そんな、ぽろっと吐露してしまったどうにも情けない妬みを、どこかに押しやるべく。うちはがむしゃらに、なにかを書き連ねたいと思ったのでした。
「書き出しは……」
ああそうだ。
先日起きました、ねこまな騒動でも、記しましょう。
あれは入内前に姫さまが手に入れた、白いねこまが封じられた掛け軸が、発端となったのでございますが。
おかげで姫さまはあわや、離縁される危機にまで陥りかけたのでございますが。
その顛末は……
―—「よしこさま。失礼をいたします」
あら。
もうひとつの中宮殿から文(ふみ)が参ったと、女房たちがバタバタ。うちの書斎に走ってきまして、さし出してまいりました。
急いで、中を改めなくては。
うちは持ちかけた筆をおいて、枝にはさまれた文を受け取りました。
夏の練香の匂いが、文からふわりと漂ってまいります。
難癖なご要望とか、果たし状の類でなければよいのですが……。
黒い雨空のように、気が重くなる、今日この頃なのでした。
―「嫉妬」 了―
そしてまた、嫉妬というのは魅力的な感情なのだなあと思いました。
妖怪がからまない逸話を挟めると、
主要登場人物像が明確になるので、
効果的なのだなあと感心しました。
それに仕えている侍従は、嫉妬深むき出しと言う所ですかね。
こう言うのが上手く行くのですかな?
このお2人は、今後何をされるのですかね。
平安時代のアジサイは、ガクアジサイです。
よひら:ガクアジサイの花の周りについている、花びらのようなガクの部分。四枚の花びら、という意味。
今回も堪能しましたどす(←京言葉?)