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わたしはどうやったら幸福になれるのか? その5

宮城県石巻市立大川小学校は、2011年3月11日の東日本大震災の際に津波に襲われ、児童74名、教職員10名、その他保護者や避難してきた地域住民、児童を乗せて避難しようと待機していたスクールバスの運転手らが亡くなった。戦後最悪の学校管理下における事故に関して、いったい何が起ったのか。


「自粛バカ リスクゼロ症候群に罹った日本人への処方箋」池田清彦著によると。

当時小学5年生で奇跡の生存者としてマスコミに取り上げられた只野哲也さんの証言をもとにして状況を説明している。

”午後2時46分に地震が発生したとき、5年生のクラスは終礼中で、「さよなら」を言う前に突き上げるような激しい揺れに襲われた。
 児童たちは一度は机の下に隠れたが、すぐに通学用のヘルメットをかぶり、教師の誘導で児童全員が校庭に避難した。寒さと余震の恐怖に泣き出す児童もいるなか、市の広報車が高台への避難を呼びかけた。子どもを迎えに来た保護者のひとりが「津波が来るから逃げて」と声を上げ、「山さ、登っぺ」と言う児童もいたという。校庭のすぐ近くには児童たちがシイタケの栽培実習で登ったことのある裏山がある。
 けれども、津波が来るまで50分ほどの時間があったが、教師たちは裏山への避難を指示しないので、児童は校庭に放置されたままだった。どうして校庭にとどまり続けたのが、その詳しい経緯は今もはっきりしていないという。
 ようやく避難を開始したのは津波が来る1分前だ。ところが、避難場所として指示されたのは裏山ではなく、それとは反対側にある北上川の堤防近くの道路だった。児童たちが列をつくって住宅街の路地を歩き始めたとき、すでに津波は轟音とともに堤防を越え迫ってきていた。
 只野さんは列を離れて一人で裏山に全力で走り、途中で濁流に飲み込まれた。そして気がつくと全身ずぶ濡れで山腹に倒れていたという。生存児童は只野さんを含む4人だけで、教師の指示に従わずに自分で判断したからこそ奇跡的に助かったわけだ。”

大川小学校の津波に関しては、裁判が行なわれ地震発生から津波に巻き込まれるまでの50分についていくつかの証言が出ていて、裏山は地震による土砂崩れ、地盤沈下、倒木、落石などの危険性が不安視されたこと、裏山へ逃げた児童たちもいたが教師たちが「戻れ」と戻したこと、裏山へ逃げるか、校庭に留まるかで先生の意見が割れたこと、宮城県が作成したハザードマップでは大川小学校は津波浸水予想図で浸水地域から外れていて、避難場所として認識されていたことなどなどがあるのだけれども。

実際のところ、教師の言う通りに避難したほとんどの児童が命を落し、列を離れて逃げた一部の児童だけが助かった。

池田清彦氏は、みんなと一緒のことをするのが正しいとは限らないと言っている。

避難マニュアルでは「おさない」「かけない」「しゃべらない」「もどらない」などが書かれていて「指示があるまで動かない」と指導することになっている。

同じ東日本大震災で被災し、津波に襲われた岩手県釜石市内の小中学校では、

"地震が発生したとき、市内の学校のひとつであり、海岸線から約800メートル、海抜約3メートルの川沿いの低地にある釜石東中学校の副校長は、校庭に出てきた生徒たちに「避難所に走れ」「点呼など取らなくていいから」と叫んだという。一部の生徒が走らないで校庭に整列しようとしたが、教師たちが大声で「逃げろ」「走れ」と言うと全員が避難所へと駆け出したそうだ。”

釜石市内の児童・生徒約3000人のほとんど(生存率99.8%)が津波が来たら「家族も友人も気にせず自分の命を守れ」の教えにもとづいた避難訓練の結果、助かっている。

みんなと一緒は安心かもしれないが、沈むときもみんなと一緒だ。
違う道を行けば、生き残る可能性は五分五分でケースバイケースだけれども、みんなと一緒に沈むことはない。

今の日本は、ダイバーシティが重要だと言いながら、他の価値観を受け入れられないことばかりだ。ルールは守らなければならないが、全員が同じ方向を向く必要はないってことを考えないと、幸せにはなれないよね。

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2020/09/11 15:49
>りょうちんOさん
こんにちは^^コメントありがとうございますm(__)m
東日本大震災の語り部のみなさんも、昔の言い伝えを持ち出して、自分の命を大事にと何度も言っています。
その後、台風の災害や地震があったときも、車で逃げようとして渋滞にはまって動けなくなって被害が出たってこともあって、いざとなったときにはできないっていう検証がなんども行なわれています。

いわき市の海岸線にはこのラインよい海辺には家を建てるなって言い伝えがあったのですが、スーパー堤防ができて海辺の国道6号から海が見えなくなって、すぐそばにどんどん家が建っています。たった8年くらいで忘れちゃうんだって観に行くたびに思っています。

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2020/09/11 12:10
ですよね。 昔見たTV番組で熊野の大津波(昭和20年頃)の特集をやっていました。戦時中で敵(アメリカ)に日本の弱みを見せないために報道は規制されたのでその事を知る人がほとんどおらず、事実が埋没されて来たとの内容でした。
今ネットで調べるとかなりヒットすると思いますが、当時は携帯電話すらいやポケベルもなかった時代だったので自分は衝撃をうけました。
リアス式海岸は特に津波の波が一点に集中して海抜30mくらいまで山を水が駆けのぼり、引き波でほとんどがやられたと、当時の写真や絵を紹介していました。

その地域で子供の頃から育ったおじいさんが、「地震が起きたら金も物も置いて子供だけだいて裏山に登れ!」と代々言い伝えられてきたとインタビューで答えていました。(^^;

そしてほとんどの海岸線の村や町には、裏山の上に神社などがありそこに避難するようにできていると

現代社会では、人口の移動流入が頻繁になり地元で育った人がどんどん少なくなり、それら言い伝えを知らない人が一般的な情報を元にその地域・地区にそぐわないマニュアルなどを作りその危険を知らなかったのではないでしょうか。

今は、その教訓を生かし学校の授業に地理+そのような授業を取り入れるよう政府主導で徐々に行いつつあるようですね。

自分の地域では伊勢湾台風で近所の人の水死体を何人も運んだ話を小学生の時の女の先生が話してくれました。(:_;)
老害と云い目上の人を敬わない事を今後も続けて明るい未来が訪れるでしょうか? 自分の事しか目先の利益しか考えない国民が大半の国は大変な事になっているか、誰かに統治されています。

色んな意見に耳を傾けより良いものを取り入れる事が大事なら、古来からの言葉や言い伝えを取り入れる事も大事なのではないでしょうか(^^;

「郷に入っては郷に従え」 「Goに入ってはGoToトラブル」で半額かえってくるのは嬉しいですが
#^^)
ちょっと無理やり?w




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