9月自作(病気) 「出会いの日」2/2
- カテゴリ:自作小説
- 2020/09/30 23:57:16
それから俺は、ただただ呆然と、部屋が子供のもので埋まっていくのを眺めるばかりだった。
組み立て式の天蓋付きベッド。ちなみに天蓋は花模様の豪華なステンドグラス。子ども曰く、芸術家の手による一品もの、らしい。
巨大な十五階建てのドールハウス。たぶんこれは白鷹の城をそのまんまモデルにしてるんだろう。これひとつで、部屋半分を占領するぐらいの大きさだ。
ぬいぐるみ以外の玩具も、山のようにある。
こまごまとした人形を入れるおもちゃ箱は五つ。各種遊戯札が入った箱も五つ。遊戯専用テーブルと、椅子のセットが置かれた時点で、一つ目の部屋は埋まってしまった。
うん、どう見ても、ドールハウスがでかすぎる。
でもでかいのは、それだけじゃなかった。まるで塔のような、でかい柱時計が二つ目の部屋に置かれた。ちくたくちくたく、かなりうるさい。木製の枠には彫刻がびっしり。丈高い姿見にも、宝石や彫刻が隙間なしにはめ込まれている。
それから楽器類が次々と置かれていった。三種のヴァイオリン。チェンバロとピアノとパイプオルガン。ホルンやトランペットが入ってそうな、黒いケースの山。
「これ全部、弾けるの?」
「はい。どれもひと通り、音を出せます。芸術の都フロリアーレ公認、極光音楽団の演奏家を先生に雇ってますから。でも、演奏会を開いて対価をいただくほどの腕前ではありません」
「そ、そう」
楽器の山の隣に、プロの芸術家が使うような作業台と、絵の具を詰めた家具。何十枚ものカンバスが入った収納棚が、何人もの人夫の手で担がれてきた。
「絵も描くの?」
「はい。絵の先生は、オムパロス大学院で教授を務められたド・アフロドロス先生です。これも個展を開けるほどの腕前ではないのですが、油彩と水彩の技法はひと通り習っています」
やばい。二つ目の部屋も埋まって、三つ目の部屋に荷物の行列が進んでいく。
「あ、あとどのぐらい?」
「半分は入ったかと」
「そ、そうすか」
人夫たちが汗をぷっ垂らしながら、階段を下りて、船に積まれた荷物を取りに行く。一人ひと箱ではとうてい収まらない。何往復もしてるようだ。
三つ目の部屋には大理石の風呂桶と、石鹸や香油壺や入浴剤、それからどう見ても宝石を入れるような箱にしか見えないトイレが置かれた。
間仕切りが建てられ、部屋の残り半分に、シーツやタオルや毛布やふかふかの枕が大量に入った収納棚が設置されていく。
四つ目の部屋は、スポーツ用品で埋め尽くされた。飾り棚に並べられた、七つの蹴鞠のボール。金ぴかだったり、有名選手のサイン入りだったり、特殊仕様のものばかりだ。
それから、バカみたいにデカい卓球台。
「……誰とやるのよ」
「最長老様はお好きだと聞きました」
「うそ?! 初耳だぞ、そんなの」
庭球の網とラケット。蹄鉄が入った重そうなケースと、蹄鉄投げの囲い。ロッククライミング用の壁。
「ボーリングのフロアは、さすがに持ってこれませんでした」
「ぼうりんぐって……なに?」
「重い石玉を転がして、細い筒を倒すゲームです」
「そ、そう。それすごく、場所取りそうだね」
人夫たちが、レスリング用のコートを置けないと困り顔で訴えてきた。
「部屋はもうないのですか?」
「ええと、こっちは西側で。中庭の向こう、つまり東側に、三部屋、まだあります」
中庭を見下ろす回廊を、家具を抱えた人夫の行列が進んでいく。
机はなぜか、十台以上。椅子も同数。
洋服や装身具が入っているのだろう、最高級の木材で作られたタンスは、十五竿やってきた。おかげで四つ目の部屋はあっという間に満杯。五つ目の部屋にもどんどん置かれていく。俺は慌てて子どもに言った。
「あ、あのさ、寺院の子は、蒼い衣を着るんだ。それ一枚だけしか着ないから、洋服もタンスも、そんなにいらないと思うんだけど」
「そうなんですか? じゃあタンスは減らします」
これでなんとか、持ち物全部収まるかな。
うわ。凄い織物。絵画みたいな……ああ、壁に飾るタペストリか。何枚あるんだろう。絵画も何枚あるんだろう。どんどん、壁にかけられてく。
家具の下に敷かれた絨毯は、ふかふか。真っ赤だったり水色だったり。家具の色に合わせてるらしい。
……ってあれ? なんでベッド? あ、またベッド。最初の部屋に、どでかいのを入れたのに。なんで?
五つ目の部屋はまだスペースが空いてるのに、人夫たちは六つ目の部屋に、何台もの簡素な寝台を運び込んだ。
これって……子どもが使うものじゃない……? しかも扉の前に、わざわざ間仕切りを立ててる。
「え。ちょっと。ちょっと待って」
俺はそこで、子供の大いなる勘違いに気が付いた。
「おまえ、使用人も一緒に住まわせようとか、思ってない?」
子どもの目が大きく見開かれた。
「えっ? だめなのですか?」
やっぱり。分かってなかった。こいつは全然分かってなかった。
この寺院が一体どういうところなのか。
公子様はまったく、知りもしないでここにきたのだった。
「だめだめだめだめ!」
俺は激しく首を横に振って、怖い顔をしてやった。
「ここは寺院だぞ。太古の遺物を封印してる、怖いとこだぞ。封印物をちゃんと扱える、つまり、強い魔力を持ってる奴だけが住めるところなんだ。一般人はお断りなの」
「じゃあ、トム先生とヤム先生、それからクンさんとレッテンさん、ツイデンさんとゴルトさんは大丈夫ですね。魔力ありますから」
指折り数える子どもに、俺は断固として首を振った。
「強い魔力って言っただろ。普通の魔力じゃだめ。つまり、大陸同盟に『捧げ子』だって認定されたおまえ以外はだめ。あとは全員、帰して」
「え……」
子どもは一瞬、泣きそうになったけど。渋々、使用人たちの家具を引き上げさせた。
人夫たちは最後に、樽や木箱をいくつもいくつも、五つ目と六つ目の部屋いっぱいに積み上げていった。
樽の中には、いろんなお菓子が詰まっていた。子どもは荷物を運んでくれた人たちにそれをふるまい、俺にもどうぞと差し出した。
「ドーナツもチョコレートもありますよ」
「ありがとう。これ、一度に食べきれないぐらいあるな。日持ちするのは、大事にとっておくといいよ。ここのごはん、ほんとひどいから。夜に隠れて食べるといい」
「分かりました。そうします」
「――あのすみません、殿下、レスリングのコートは結局どうしましょう? あと、人形劇の舞台と、金魚の水槽と、テーブルサッカーゲームの台がまだ廊下に出てるんです。食糧収納を優先しましたら、それらが残ってしまって」
人夫たちが、おずおずと子どもに聞いてくる。
子どもは助けを求めるように俺を見た。
「一番初めに通った部屋。すかすか、でしたよね」
「す……」
ちょっと待て。そこは俺の部屋だ。確かにベッドと長持ち一個と机と椅子しかないけど。
「すみませんが、置かせていただけませんか?」
「あ、いやその」
「お菓子、毎晩さしあげますので」
「え、いやその」
「なくなったら、実家から取り寄せますから。ほんとに毎晩さしあげます」
子どもはにっこり、目を二つの山にした。
なんだよその顔。お師匠様とそっくりじゃないか。無茶ぶりするときの顔。
子どもは俺にチョコレートを握らせて、にこやかな笑顔をふりまいた。
それはまるで天使のような、誰もが一瞬で悩殺されそうな、実にかわいらしい顔だった。
「心の底から感謝します。これからどうぞ、よろしくおねがいします。エリクおにいさま」
しかしそれはとんでもない猫かぶりの、悪魔の仮面だということを、
俺はまもなく、知ることになるのだった。
==つづく?==
重厚な世界観設定の上に構築された番外編なのですね。
実際に某プログラムで寺院を建設して、歴代の導師たちが使った部屋を同時配置。
今話はカラウカス期の最上階についてのエピソード。
うそみたいなほんとの、エリクとハヤトの邂逅でした。
部屋に置かれていったものはほぼほぼ、プログラム内に実際に置いてます。
物品の漏れ具合がまさにこんな感じ()
しかもカラーテイストは白&ピンクファンシーというかわいらしさ。
なのですが、
四百年後のレヴェラトール期には、ちゃんと、悪の魔法使いが住まう感じの
おどろおどろしい黒基調の重厚なゴシック部屋になります。
(ちゃんとってなんだw)