11月自作/ (冬支度)お米のお札1/2
- カテゴリ:自作小説
- 2020/11/30 23:43:12
火鉢を出したのだけれど、炭がなかった。
ほんわりと柔らかな熱を手のひらに当てるのは心地のよいもの。雪が降ってからなぞと悠長なことを思わずに、毎年蔵から引っ張り出している。
母さんごめんなさいと、娘が厨房で、両手にはあはあと息を吹きかけながら茶碗を洗っていた。吐く息が真っ白だ。
「買いに行くの、忘れてしもうて。炭は、今朝の煮炊きですっかり使うてしまいました」
「ええわよ、ちょうど市場に行く予定にしてたから」
今朝はずいぶん冷え込んで、庭のお池に薄い氷が張っていた。
女が綿入れ羽織を着込んでいそいそと出かければ、都の大路にはお店がずらり。
五色の吹き流しが目印のお店で鬼除けのお守りを物色した。
やんごとなきお人であれば陰陽寮にお願いして祓っていただくが、庶民が頼んでも高名で歴々たる師が来て下さるわけがない。その手のものはもっぱら、護符を買うことで対処する。
「主人が、寝込んでしまいまして。ついこないだまで元気も元気、宇治の橋を作る人夫のなかでも、一番の体格の漢だったんやけど。なんしか全然、足腰が立たんようになってもうて。色々薬は試したんやけど、これがさっぱり」
飾り気のない漆塗りのかんざしをいじりながら、相談してみれば。店主はすぐそこのお寺に詣でてみてはなどと言う。そんなのとっくに、都中の寺社は巡って、お守りもしこたま買ったのだと口をとがらせ抗議して。金はあるんやからと、じゃらっと音をたてる重たそうな錦の袋を見せてやった。
とたんに店主の目の色が変わって、まともな対応になった。
長持ちから引っ張り出した綿入れ羽織には、継ぎ当てなんぞしていない。少しかび臭いからであろうか、とっておきのお香でちょっと匂いをつけてくるんだったと、女は内心自身のずぼらさを恥じながら、鬼憑きに効く護符を吟味した。
「なんですの、このどてっ腹のすごい鬼の絵は」
「これはすぐそこの四天王寺さんのもんですよ。元三大師さまゆう御方が魔を追払う為のご祈祷中に、弟子が鏡に映った魔の大師の姿を書き写したお姿といわれてます。貼れば魔除け厄除け、開運祈願になるという次第で。境内でも最近売り出し始めてるもんです」
「うちが見た時、こんなんなかったわ」
「霊験あらたか、人気があります上に、一日限定十枚。こちらへのおろしも一日十枚。すぐ売り切れるというわけで」
「なるほど。で、病をはらう御利益のあるのんはどれですの?」
「まあ、これですかねえ」
「……まっさらの、白い紙?」
「陰陽師さんに筆で護符の模様を描いて貰うのですよ。倒れた御方の症状を聞きまして、良き日良き時間に筆を走らせ、五行の力を最大限にこめてもらう、という特注品ですな」
いやいや、いくら多少のお金はあると言っても。陰陽師にお願いするほどの財はないと顔をしかめたら、店主は店の奥を振り向いて、来い来いと手招き。まだうら若い、水干をまとった少年を呼び寄せた。
「うちのせがれで、陰陽寮にお勤めの先生の助手をしてます。まあ、門前の小僧というやつですよ。こっそりここで、護符なんぞ描いて商売してるというわけで。せやからお値段は、相応にお安くさしていただきます」
着物は高級だが、少年は屈託無くて、そんじょそこらの悪童のような口調で喋ってきた。
「で、おばさん、家はどこ? 病気にかかった人は何歳? 名前は?」
ほんまにこの子に任せて大丈夫かと、女は思いながらも、お寺のお守りより安い値段を言われたものだから、騙されたつもりで根掘り葉掘り聞かれたことに答えた。
「実はさ、今日は病の鬼を祓うにはちょっと、日が悪くてさ。明日、日が暮れるころにまた来てよ」
その時に白い紙に護符を描くから。
言われるままに、女はその日家に帰った。なんだか狐につままれた感じだったので、手拭いをかぶった大原女が薪炭を売っているところを、あやうく通り過ぎるところだった。
「おおきに!」
黒い歯を見せてにっこりする大原女から炭の束を買い取り、肩に乗せて帰宅して。女はその晩、机に並べた方々の寺社のお守りにぱんぱんと手を打って祈った。
「どうか、うちの人がよくなりますように」
楽しみでも有りますね。
じゃっかん飯テロでしたw
素材も切り口も、この時代を取り上げる人が見過ごすようなもので新鮮味があり、生活風景の描写がてらいないテンポの良い筆致で、とても魅力的でした