12月自作 『鐘・刀』「見者アドウィナ」後編
- カテゴリ:自作小説
- 2021/01/01 00:00:03
かくて赤毛の騎士はエティア王室の名のもとに、見者アドウィナを招聘したのであった。
「不死を極めたのなら、蘇生の技などもご存じなのでは」
騎士は始めに望みをかけて、黒衣の老婆にそう聞いたのだが。それはできぬと、アドウィナは顔の皺をさらに深めて、同情のまなざしを返してきた。
「私が不死であるのも、呪いのようなものですのでな。天命を覆すことは、おそろしうて、とてもできることではありませんからの」
鐘が鳴る。
嘆きの音を聞きながら、アドウィナは仕事を始めた。
『歌え、音の神』
たちまち魔法の気配があたりに降りてきて、きんと張り詰めた空気が満ちていく。
アドウィナがしわくちゃの両手に乗せた突剣に命じたとたん、守護の騎士は息を呑んだ。
りんりんと、剣が歌い出したのだ。
澄んだ音が流れ出し、ふるふると細い刀身が震える。
目を閉じた老婆がその音に合わせて歌い出す。
ひび割れた老婆の歌声は、喋り声とはまったく違っていた。
びっくりするほど滑らかで、まるでうら若いが歌っているかのよう。
剣が醸し出す音と絡み合い、なんという音色を放つのか。
ああ、鐘が鳴る。まるで伴奏のように。
三色の音が混ざり合い、あたりの空気を震わせる。
老婆が両手で掲げる剣が、仄かに光っている。うっすらと紅の色に、あたかもあの、黄金竜の柄を持つあの剣のごときに。
剣がりんりん歌う。
なんと美しい歌だろう――
気づけば赤毛の騎士は、激しく拍手していた。
老婆が歌うのを終え、剣の音が鳴り止むなり、すばらしいと叫んでいた。
もう一度聞きたいとさえ思い、そう願おうと口を開きかけたとき。
見えましたぞと、老婆がにっこり微笑んできた。
ああそうだった、王を殺めた人が誰か見て貰っていたのだったと、赤毛の騎士は我に返った。
「それで、剣から読み取れたんですか?」
「はい、しっかりと。とても良い打ち物ですのでな、はっきり鮮明にこの剣の記憶が見えましたぞ」
老婆はうなずき、騎士に剣を返した。
「雪まつりの日。王はこの通路をお通りになられ、それからおもむろにこの剣を懐から出された。そして、これで思い残すことはないと、ご自分で剣を胸に突き立てられたのじゃ」
「えっ? ま、待って下さい。ということは……」
「そうじゃ。エティアの武王陛下は、自殺をなさったということじゃ」
「そんな……嘘でしょう?!」
老婆は信じられないのならそれでよろしいと、穏やかに返した。
「実際にそなたも見られたらよろしいのじゃが。とにかくも私が見たのは、そういう光景であったのじゃ。納得できねば、報酬は払わずともよいぞ」
鐘が鳴る。
嘆きの音が騎士の背をみしみしと打った。
「まさかそんな。陛下が自らなんて、一体どんな理由で? ありえない。それは絶対ありえない……!」
それではのと、老婆が軽く会釈して踵を返す。
赤毛の騎士は慌てて、報酬は払うと彼女を呼び止めた。騎士の顔をじっと見た老婆は、それはありがたいと慇懃に頭を下げた。
「金槌の勇者よ。運命は我らが――」
なぜか、すぐ耳元で鐘の音が聞こえた。そんな気がした瞬間、老婆の言葉がかき消された。
今一体なんと言ったのか、訊ねようとした赤毛の騎士は驚いて我が目をこすった。
老婆が忽然と消え失せたからだった。
暗い通路にはもはや誰の姿も無く、何も残っていなかった。
洗われた血の、かすかな跡以外、何も。
遅ればせながら、挿絵を添えて転載しました。
大変もうしわけありません。
https://ncode.syosetu.com/n2092gk/27/
物語はまだ続くのだろうなあと考えています。
ご寄稿ありがとうございます。