Nicotto Town



12月自作 『鐘・刀』「見者アドウィナ」後編

 

 

 かくて赤毛の騎士はエティア王室の名のもとに、見者アドウィナを招聘したのであった。

「不死を極めたのなら、蘇生の技などもご存じなのでは」

 騎士は始めに望みをかけて、黒衣の老婆にそう聞いたのだが。それはできぬと、アドウィナは顔の皺をさらに深めて、同情のまなざしを返してきた。

「私が不死であるのも、呪いのようなものですのでな。天命を覆すことは、おそろしうて、とてもできることではありませんからの」

 鐘が鳴る。

 嘆きの音を聞きながら、アドウィナは仕事を始めた。

『歌え、音の神』 

たちまち魔法の気配があたりに降りてきて、きんと張り詰めた空気が満ちていく。

 アドウィナがしわくちゃの両手に乗せた突剣に命じたとたん、守護の騎士は息を呑んだ。

 りんりんと、剣が歌い出したのだ。

 澄んだ音が流れ出し、ふるふると細い刀身が震える。

 目を閉じた老婆がその音に合わせて歌い出す。

 ひび割れた老婆の歌声は、喋り声とはまったく違っていた。

びっくりするほど滑らかで、まるでうら若いが歌っているかのよう。

 剣が醸し出す音と絡み合い、なんという音色を放つのか。

 ああ、鐘が鳴る。まるで伴奏のように。

 三色の音が混ざり合い、あたりの空気を震わせる。

 老婆が両手で掲げる剣が、仄かに光っている。うっすらと紅の色に、あたかもあの、黄金竜の柄を持つあの剣のごときに。

 剣がりんりん歌う。

 なんと美しい歌だろう――

 

 気づけば赤毛の騎士は、激しく拍手していた。

 老婆が歌うのを終え、剣の音が鳴り止むなり、すばらしいと叫んでいた。

 もう一度聞きたいとさえ思い、そう願おうと口を開きかけたとき。

 見えましたぞと、老婆がにっこり微笑んできた。

 ああそうだった、王を殺めた人が誰か見て貰っていたのだったと、赤毛の騎士は我に返った。

「それで、剣から読み取れたんですか?」

「はい、しっかりと。とても良い打ち物ですのでな、はっきり鮮明にこの剣の記憶が見えましたぞ」

 老婆はうなずき、騎士に剣を返した。

「雪まつりの日。王はこの通路をお通りになられ、それからおもむろにこの剣を懐から出された。そして、これで思い残すことはないと、ご自分で剣を胸に突き立てられたのじゃ」

「えっ? ま、待って下さい。ということは……」

「そうじゃ。エティアの武王陛下は、自殺をなさったということじゃ」

「そんな……嘘でしょう?!」

 老婆は信じられないのならそれでよろしいと、穏やかに返した。

「実際にそなたも見られたらよろしいのじゃが。とにかくも私が見たのは、そういう光景であったのじゃ。納得できねば、報酬は払わずともよいぞ」

 鐘が鳴る。

 嘆きの音が騎士の背をみしみしと打った。

「まさかそんな。陛下が自らなんて、一体どんな理由で? ありえない。それは絶対ありえない……!」

 それではのと、老婆が軽く会釈して踵を返す。

 赤毛の騎士は慌てて、報酬は払うと彼女を呼び止めた。騎士の顔をじっと見た老婆は、それはありがたいと慇懃に頭を下げた。

「金槌の勇者よ。運命は我らが――」

 

 なぜか、すぐ耳元で鐘の音が聞こえた。そんな気がした瞬間、老婆の言葉がかき消された。

今一体なんと言ったのか、訊ねようとした赤毛の騎士は驚いて我が目をこすった。

 老婆が忽然と消え失せたからだった。

 暗い通路にはもはや誰の姿も無く、何も残っていなかった。

 洗われた血の、かすかな跡以外、何も。 


 

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2021/02/13 13:00
年末年始の雑用の煩わしさで、なろう転載をし忘れてました。
遅ればせながら、挿絵を添えて転載しました。
大変もうしわけありません。

https://ncode.syosetu.com/n2092gk/27/
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2021/01/16 12:34
おばーちゃん、何かキーマンみたい
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2021/01/13 09:20
王が死に至った動機がないのと、女性魔道士が蘇生方法を知っている様子なので、
物語はまだ続くのだろうなあと考えています。

ご寄稿ありがとうございます。
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2021/01/12 01:00
あの物語の結末に近いエピソードかなあと考えています。
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2021/01/12 00:39
意外な展開でしたね
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2021/01/01 06:13
個々で、あの見習い料理人が王様に成る誕生の瞬間ですかね。




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