Nicotto Town


ヒロックのニコタ生活


ピカピカの泥団子

5月の真っ青な空に放り上げられたピカピカに磨き上げられた僕の作った泥団子を見上げ、僕は両手で受け止めようと身構える。放物線を描いて放り上げられたピカピカの泥団子を、両手で受け止めると、泥団子は、僕の手の中で、真っ二つに割れた。          

「圭太、まだ、小学生の時の事恨んでるのか?」            市役所の福祉課に生活保護の受給の申請に来た山寺は、小学生の時の呼び方で、私をなじった。福祉課職員の私は、その質問には答えず、淡々と、次のように答える。「山寺さん、あなたは、健康だし、まだ若いし、十分に働けるだけの能力があります。頑張ってください。」

私は、この決まり台詞を、言うのが好きだ。まるで、映画の中で主役の俳優のお芝居のように、どんな表情で、どんな音量で、どんな口調で、この台詞を言おうか、常にタイミングを計っている。生活保護の申請者にこの決まり台詞を投げかけた時、彼らが、落胆したような、少し怒ったような、複雑な表情になるのを見ると彼らの人生を、いや、命さえも、私が左右する力もっているのだと背中にすぅーっと快感が走る。

「もう、40年も前の話じゃないか。子供の悪ふざけじゃないか。」山寺は、私のご機嫌取りのように、私に笑いかけた。あのガキ大将の山寺も今では立場が逆転して、私にひれ伏して、足元に這いつくばって、懇願している。

「それで、復讐でもしてるつもりか?」山寺の作り笑顔は消え去り、首をうなだれ、力なく椅子に崩れていった。「圭太、お前はあの時のままだな。殻に閉じこもって、みんなの輪に入ろうとしない。頑なに、周りを拒絶して、自分だけの世界で生きている。自分が傷つかない安全な洞穴に入って、そこから世の中をのぞき見しているキツネみたいじゃないか。」私は、その言葉を無視して、例の決め台詞を、わざと嫌がらせのようにゆっくりと冷静さを装いながら言う。「山寺さん、あなたは、健康だし、まだ若いし、十分に働けるだけの能力があります。頑張ってください。」

小学生の頃の僕は、仲間外れにあい、いつもたった一人で、近所の公園の砂場で泥団子を作って遊んでいた。ちょっと湿った土を手のひらの中に入るくらいの大きさで丸めて、まん丸の形に整形して、乾いたサラサラの砂をかけて、布で磨くと驚くほどのピカピカの球体になるという遊びだ。

あの日も、一人ぼっちで公園の砂場で泥団子を作って遊んでいると、山寺を先頭に、仲良しグループが近づいて来た。「圭太、何やってんだ?」僕は、「泥団子・・・」と言って自慢のピカピカになった泥団子を見せた。すると、「すげーすげー」「俺にも見せて」「俺にも見せて」と言って僕が差し出した泥団子の周りに集まって、「圭太、すごいな」「どうやって作るの」「触っていい?」と僕の手から、仲間の一人が、泥団子を奪い取った。さらに、その泥団子を別の子が奪い取り、一巡すると最後に山寺が手にした。「圭太、返すよ。ちゃんと受け取れよ。」と言って、僕の方に下手投げで放り投げた。

5月の真っ青な空に放り上げられたピカピカに磨き上げられた僕の作った泥団子を見上げ、僕は両手で受け止めようと身構える。放物線を描いて放り上げられたピカピカの泥団子を、両手で受け止めると、泥団子は、僕の手の中で、真っ二つに割れた。  

「あ~あ、割れちゃった。」その仲良しグループは、大笑いした。山寺が、笑いながら「へたくそだな。圭太は!」と言うと、それが合図かのように、みんな、去っていった。                         僕は一人砂場に残されて、真っ二つに割れた泥団子を手にしたまま立ち尽くした。知らず知らず涙が溢れて、泥団子にポタポタと涙が落ちてた。その泥団子を地面にたたきつけると、ぐちゃっと潰れて、ただの土くれになった。僕は、その土くれを思い切り踏みつぶして、跡形もなくなるほど踏みにじった。

福祉課の窓口で初老の女性に、私は例の決め台詞を言う。「あなたは、健康だし、まだ若いし、十分に働けるだけの能力があります。頑張ってください。」女性は、ため息をつくと、怒りの表情が落胆に変わったまま、諦めて立ち上がった。「この人でなし!あんたは血も涙もない人間だね!」女性は捨て台詞を残して、立ち去った。 

「118番の方、どうぞ。」と、気を取り直して私が案内すると、次に現れたのは、山寺だった。山寺は、「今日は、生活保護の件じゃなくて」と切り出した。「同窓会の案内状を持って来たんだよ。圭太、だって同窓会名簿に住所載せてないし、」そう言って、往復はがきの案内状を、渡すとそそくさと帰って行った。案内状を広げてみると、余白に、たくさんの寄せ書きが書いてあった。「圭太君、元気にしてる?今度の同窓会で会えるの楽しみにしてるね。旧姓小林美沙。」「圭太。小学校以来だね。会えるの楽しみにしてるよ。渡辺敏行。」「ちゃんと、校歌、歌えるようにして来いよ。みんなで肩組んで歌おうぜ。香取亮介」「一緒にクラス委員やったの覚えてますか?会えるの楽しみにしてます。田辺優菜」まだまだ、余白にたくさんの寄せ書きが書いてあった。                           山寺は、40年経ってまた私に向かってピカピカの泥団子を放り投げた。今度は、ちゃんと割れないで受け取ることが出来るだろうか。

                       おしまい




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