Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


予行演習?

5月24日。


 4日もお通じがないため、りんごちゃんが夜通しうなる。腫瘍のある腹を触ると、ずきずきと痛みが伝わる。呼吸も短い。
 朝は落ち着いたらしく、私が作った鶏むね肉ポタージュをおいしそうに食べる。大学病院からもらった青いソーダみたいな抗生剤が入っていても、平気で食べていた。

 ためらったが、夜苦しんだ様子が心配だったのと、午後から大学病院までの道のりに耐えられないと考え、朝いちでかかりつけ医院に行く。
 少し待たされた挙句、医師は「何もしない方がいい」と言った。確かに、これからは大学病院の担当医に任せるしかない。下手に薬を出してりんごちゃんの体調に何かあったらお互いどうしようもないからだ。

 家に帰ると、りんごちゃんは疲れたのか、犬用ベッドでうとうとした。一瞬でも痛みから解放される瞬間があるのか、そういう時にすかさず眠る。寝顔は穏やかだった。久しぶりに見た気がした。

 りんごちゃんが寝ている間に、大学病院へ持っていく物を準備する。いつも飲んでいる肝臓の薬とサプリメントのアンチノール。いつも食べているフードがあったら持ってきてとの説明があったので、ゆでた鶏むね肉をミキサーにかけた流動食を小さなタッパーに入れる。
 ふと、今朝かかりつけ医に行ったのは、あれがりんごちゃんの医師への最後のあいさつだったのでは…と考える。
 ここ最近、「最後」という言葉がちらついて離れない。そして事実、いろんなことが「最後」になっていった。
 4月の中ごろ、ふと思い立ってりんごちゃんと私だけで隣町の公園に行ったのも、虫の知らせだったのか。

 午後1時50分ごろ、母も行くと言うので、共に大学病院へ出発。後部座席にキャリーバッグを置き、りんごちゃんに入ってもらう。
 母も後部座席に乗り、運転中ずっと吠え続けているりんごちゃんを、赤ちゃんにするようにあやし続けていた。

 初夏の田園風景が広がる国道を走った。田植えが終わった水田や、遠くに広がる山並みの青がとてもきれいだった。これがただのお出かけなら、どんなに楽しかったか。
 ふと、前方の上空に灰色の雲の塊が見えた。形に驚く。すっと伸びた首に小さな頭、短い2本の角。背中には翼。座っている竜そっくりじゃないか。モンハンのクシャルダオラかイヴェルカーナが座っている姿によく似ていた。

 珍しい現象には、かえって不吉な気分になる。
 ここ半年前からしきりに見る、自分の誕生日の数字、777,888,999などのぞろ目。777はラッキーセブンとも言われるが、実際はそうではない。父が亡くなる時もその数字をひんぱんに見た。777は、私にとっては、別れの数字だ。
 山に住むキツネもよく見かけた。キツネは誰かの死を知らせにやってくる。今年に入ってから数度見かけた時、今度はりんごちゃんが…と思って暗い気持ちになった。
 
 無事に病院についた後、駐車場で母と話をした。りんごちゃんの腫瘍は悪性で、あと少しで死んでしまうかもしれないことを。
 母は意外と冷静だった。7日に事実を知って泣いて、それから自分の中でいろいろ考えたためかもしれない。もし手術できるとなったら、痛い所を取って、残り時間を楽に過ごしてもらおうという結論に落ち着いた。

 予定時間から15分待って、呼び出された。母は車に戻っていった。りんごちゃんは寂しがって、すんすん鳴いていた。
 診察室には、医大生と担当医が待っていた。
 りんごちゃんは炎症反応が出ているため、麻酔を強くかけないといけないらしく、麻酔から覚醒したあとの予後を見る必要があること。検査時間の都合もあって、25日の午前中には帰してあげられないと、医師が言った。もしかしたら、お返しは水曜日になってしまうかも、と。

 え、話が違うよ…。でもそういうことなら仕方がない。麻酔事故の際の承諾書と、新型コロナ対応の承諾書(職員に感染者が出たら、いろいろ変更があること)にサインする。
 冷たいステンレスのケージではかわいそうだからと、いつもりんごちゃんが寝る時使っているタオルを持ってきたのだが、向こうがあまりいい顔をせず、「置いておきたいならどうぞ」みたいに言ったので、持って帰ってきた。
 たぶんコロナのせいだ。除菌対策が徹底しており、余計な菌を持ち込んでほしくないのだろう。タオルを置いていっても、ケージに入れずにどこかに保管されたままになるかもしれない。
 薬に混ぜて食べてもらう手作りご飯も、おそらく与えられずに捨てられるような気がしたが、ご飯は置いていった。少しでもわが家をりんごちゃんに感じてほしかったのだ。

 帰りは、少ししめる程度の雨が降った。昼間に見た竜神様が慰めてくれているのか。もし願いを聞き届けてくれるなら、どうか、もう少しりんごちゃんといられる時間を延ばしてほしいと、運転中願った。
 
 家に帰って、少しゲームをした。すぐに疲れてやめた。夜、腹が減ったので階下に降りると、りんごちゃんがいるような気がして変な気分になった。
 からっぽの犬用ベッド。りんごちゃんがこの世から消えたら、これが日常になる。母が「お父さんの時を思い出すな」と言った。いつもいる存在がいなくなると、家はからっぽで、少し軽くなる。寂しかった。自室に戻り、いっぱい泣いた。

 たぶんこの入院は、りんごちゃんがいなくなることの予行演習なのだろう。
 今日、25日にCTなどの検査をする予定だが、麻酔中死んでしまったらという懸念が拭えない。
 でも、夜通し痛がる姿をずっと見てきたから、もう楽になっていいよという気持ちもある。あんなに苦しんでいるのに長生きしてほしいだなんて、こちらのエゴもいいところだ。
 だが、どうか無事に検査を終えて戻ってきて、またかわいい顔を見せてほしい。


 25日。
 朝、目が覚めたら脳裏にはっきりとりんごちゃんが見えた。いつものように、くりくりの目で不敵に微笑んでこっちを見ている姿だ。
 検査が無事に終わりますように。もし今日中に帰れるなら、仕事を休んででも迎えに行きたい。勤務中に連絡が来たら、水曜日までがまんなんだけど…。
 とにかく無事で。どうか無事で。
 




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