Nicotto Town



仮想劇場『秋空に心割りながら』


 大きなため息で肺が空っぽになったんで、今度はヒツジ雲を見上げながら腹いっぱいに秋の澄んだ空気を吸い込んだ。
 僕はそれ以上のものを望まない。それだけで今は充分に満たされている。


 学生時代、いつも金が無くって結構無茶なバイトをした。今にして思えばあの頃の僕は後先のない窮屈な人間だったと思う。言い換えればあれは真夏日の直下、汗と眩暈と草いきれに侵されながらただひたすらに行軍する兵士のようなものだった。

 何と戦っていたんだろう。
 たぶんそれは自分ではない別の自分。虚栄心と戦っていたのだと思う。
 今の自分がここに在るのは、あの少年が悔いに怯えることなく最期まで生き延びてくれたからだ。


 青春に挫折はある。人生にももちろんある。”ある”というより”付き物”と言っていい。何一つ諦めず、後悔もせずに青春を終えた者などおそらくはいないだろう。
 ただ、何を”諦めなかったか”でその後の人生が決まるのだと僕は考えている。


 僕は今以上を望まない。
 今は秋の平原に立ち、冬の到来に備える余裕があるだけで充分に幸福なのだ。





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