仮想劇場『世に万葉の花開け』
- カテゴリ:自作小説
- 2022/01/06 15:02:34
「いい塩梅で年を治めて今日を迎えた事を切にありがたく思うよ」
キミはそう言って窓辺に立つと喫茶店の下を疎らに歩く人々を優しい目で見下した。【自分は特別だ】とか【無能は不要だ】とかいったイタい言葉をすぐ口にするキミにしては、やけに殊勝な呟きだなと思って僕は思わず天井を見上げフと笑った。
2022年、元日。待ちわびた未来がついに来たと言うべきか。それとも望まない未来がとうとう来たと言うべきか。
キミは誰それとなく電話をかけてはさっきのセリフをオウムのように繰り返し、今年もよろしくお願いしますと締め括る。
かしこまった挨拶を当たり前のようにしているキミが可笑しくって僕はまた堪え切れずに天井を向いてクスリと笑った。
それで新年の恒例行事は今年も終わり。
キミとの乾杯はとうとうなかった。
大切な日や節目の日に盃は酌み交わさない。
これは僕が僕に課した課題の一つで、人生の決めどころでは常にシラフで居ることを誓っている。
キミはそのことを酷く煩わしく思っていたようで、この仕事を終えたら早々に他のメンバーと組む事に決めていたらしい。
長年共にやってきた僕より、節目節目でちゃんと燥ぎ合えるわかりやすい仲間が欲しいんだとキミは最後に言い捨てて喫茶店を出て行った。
別段寂しいとは思わない。
孤独であるとも思わない。
裏切られたとも安く切られたとも思いはしない。
独りで生きているなどと嘯くには、僕にはまだまだ闇の深さが足らないからだ。
誰の為に生きるのだと聞かれたら自分の為に生きるのだと僕は即座に答える。
身勝手だと誹られてもそれを意に返さない生き方を僕は僕に課している。
これからも難しく生きる気はない。複雑に捏ねまわすのは言葉だけで結構。
僕の実態はあくまで頑なさとしなやかさの中間あたりでそっと寝そべったまま、わかりやすく単純に生きていくことだろう。
選択肢は多いほうがいい。そして常に簡潔なほうがいい。
今日の為に今日が在り、明日の為に明日が在る。
過去は踏み台にしか過ぎない。
だから今年もさよならは言わないだろう。
キミが思う存分に飛べることだけを同じ角度で祈るだけだ。