Nicotto Town


しだれ桜❧


刻の流れー53

只野の車がウインカーを出した。アキラの予想通り横浜で高速道路を降りるようだ。

アキラは慎重にギリギリまで本線を走りウインカーを点けずに降り口へとついて降りていった。
信号で間に2台、車を挟んで止まると今までとは違ってエンジンの熱気が足を伝わって上がってくる。
日は暮れたが気温の方は一向に下がらない。夏のバイクは走ってると熱気が後ろに抜けるので涼しいのだが、止まるとどうしても上に上がってくるので熱い。
『さっきまでの調子で走ってくれたらええねんけどな・・・』
アキラは思わず関西弁で愚痴をこぼす。
アキラの淡い希望を他所に、只野議員を乗せた車は本道から住宅街に入り、くねくねとした道をゆっくり抜けて山手に入っていった。目の前におよそ3000坪はありそうな高い塀で囲まれた3階建ての古めかしい洋館が現れたかと思うと、車はその門の中に吸い込まれていった。
アキラは、スピードを落とさずに1ブロック先まで走り、路地に入ってバイクを停めた。ヘルメットとレザージャケットを脱いで、物陰に隠すと洋館に向かってぶらぶら徒歩で戻っていく。
近くの自販機の前で飲み物を選ぶ振りをしながら、塀の向こうの様子をうかがった。缶コーヒーを取り出し口から引っ張り出したアキラは、頭は前に向けたまま、片目で左手の洋館をちらりちらりと観察しつつ、道を歩いていく。
塀越しに3階建ての北欧の城を想わせる三角屋根の建物が見える。どの窓も明かりが明々と点いていて、正装をした男女が何人かグラスを持ってバルコニーに出ていた。
アキラが大きな鉄製の正門の前に差し掛かったとき、黒っぽい外車が一台門の前に止まった。門番と、運転手が二言三言言葉を交わし、門が重々しく観音開きに開けられた。
ちらりとその中を覗くと手入れの行き届いた英国風の広い前庭の真ん中を白いドライブウエイが建物の方へと伸びており、さっきの外車が走っていく。
建物の正面の噴水を回り込んで車止めがあり、只野の黒い大型車が停まっていた。ドアボーイの動くのが噴水の陰でチラチラ見える。
建物を囲う塀の一辺を歩ききったアキラが塀に沿って道を左に折れようとしたその時、後ろで再び鉄門が開く音がし、只野の車が洋館から出てきてこちらに向かって走ってきた。
「しまった、もう帰るのか?」
アキラはバイクから離れている事を内心後悔しながら道路の脇に身を寄せ通り過ぎる車に目をやった。黒い大型車がアキラの横をゆっくり抜けていく。
「え?」
一瞬の事だが、アキラは見逃さなかった。
「只野議員が乗っていない・・・?」
フロントガラスから見える後部座席には誰もいない。主人をおいて運転手だけが帰っていくのだ。
「犬飼さん こりゃビンゴだ・・・」
アキラの目がきらりと光った。

 逸る気持ちを抑えつつ、アキラは何気ない様子でさらにぶらぶら1ブロックほど先へ進み、遠回りをして自分のバイクへ向かった。
ヘルメットを被り、ジャケットに袖を通す。じっとり汗をかいているのは暑さのためだけではない。バイクを発進させ、洋館が見えなくなる辺りまで走った。
バス停の近くで電話ボックスを見つけると、犬飼に教えられていた番号に掛ける。3回のコールで相手が出た。
「もーしもーし。」
相手は拍子抜けするくらい緊張感が無い年配の女の声だ。
「えっと・・・に、2701」
アキラのほうはガチガチに緊張している。
「はいはい、4501」
女の声が返ってくる。
「こ、こちら2701です。ビンゴですよ。見つけました、横浜です。0101に伝えてください」
アキラは興奮気味に早口で喋った
「4501了解しました。住所をどうぞ。あ、ゆっくり言ってちょうだいね。」
と女は念を押す。
「ええと・・・保土ヶ谷の・・・郵便局の裏手で・・・明神台、むっちゃ広い洋館です。」
「わかりました。」
「ツーーーーーー。」
「えええ?それだけですか???」
スパイ映画張りに緊張してアキラが掛けた電話は 相反して終始のんびりした相手に一方的に切られてしまった。
これから忍び込めとか、付近で聞き込みをしろとか、次の指示があるものと信じていたアキラは肩透かしを食らったと言っていい。しばらく受話器を握り締めたまま唖然としていたが、
『ああ、そうだ。犬飼さんは議員がどこかに入ったら、セーフハウスへ帰って来いとゆうてはったな。』
そう小さくつぶやいてアキラはやっと肩の力を抜いた。
電話ボックスから出てくるとバイクにまたがりそのまま犬飼のセーフハウスに戻ることにした。





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