Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


孝行娘

 22日の深夜0時47分、老犬くり子が息を引き取った。


 4月25日に口内にできたメラノーマ腫瘍を手術で除去したが、左上顎の歯茎からじわじわと出血があり、2週間ほどで元の大きさに戻っていた。
 青黒い腫瘍は医師が抜かずに残していた犬歯に触れて圧迫され、鮮血を流すようになった。愛犬りんごちゃんが使っていた、大量に余っているペットシーツを寝ているくり子の顔に当てがって寝床が汚れないようにしていた。
 腫瘍は口からわずかにはみ出ていたが、手術前のような腐臭を放つことはなく、血の匂いだけ部屋に充満していた。
 
 くり子は静かに病と共存していた。夜泣きも5月半ばからしなくなった。ぐったりと寝ていることが多くなったのが、およそ1週間前。
 19日あたりから食欲が落ちてきて、わずかにけいれんをするようになった。
 22日の午後3時ごろ、私が仕事に行く前に母が注射器で液体タイプのロイヤルカナンを与えていた。意識が混濁してきているのにご飯はやらないでくれと頼んだが、母はどうしてもくり子に元気になってほしかったらしい。

 いつ何が起こるかわからないから、もうおやつとかは買ってこない方がいいと私は常々言っていたが、先日、母は大量のちゅーると平たい缶詰をいくつか購入してきていた。
 母は天気を見るのが下手だ。風向きを見れば数時間後に晴れるか曇るか分かりそうなものだが、いつもその時だけを見て判断するからこうなる…。しかし私に責める権利はない。買い物は母の愛情の表れだから。

 その日の午前中、半分意識がないくり子を掃き出し窓のそばに寝かせた。曇りだったが、風を感じてうれしかったのか、2度しっぽをパタパタさせた。ありがとう、と言っているようだった。
 仕事に行く前、どうにもくり子が気になった。玄関から居間を振り返ると、くり子の左の耳が手招きするように動いた。気になって仕方なかったので、時間がなかったがくり子の所に戻る。くり子の寝床に敷いている赤ちゃん用のシーツがペットフードの色に汚れていた。寝たまま嘔吐したのだ。
 くり子が吐いたと台所の母に声をかけると、母はピリピリして「わかってる」と怒鳴った。りんごちゃんの時もそうだった。母も何かを感じていたのだろう。
 仕事があるので、くり子の口元をきれいにしてから家を出た。急いではいたものの、何度もくり子の頭をなでてから外出した。私もそういう「予感」はしていた。

 仕事を終えた日付変更の0時半ごろ、帰宅する。ちょうど夜勤の妹も同時刻に帰ってくる。2人して玄関をくぐると、居間に電気がついていた。母が寝ているくり子の前足を取ってさすっていた。
 くり子が昼間からずっと寝ていないと母は言った。時々苦しそうにうなるという。私はくり子の顔を見た。目は開いていたが眼球が左右に小刻みに動いている。寝ていないのではなく意識がないのだろう。
 呼吸も弱かった。私もくり子の前足を取り、頭や体をなでて「頑張ったね、えらいよ、ありがとう」と何度も声をかけた。母はもう泣いていた。妹も涙ぐんでいた。泣いていないのは私だけである。前から覚悟も心の準備もしていたので、やっとくり子が楽になれる、私たちも楽になれるという安堵の方が強かった。我ながら身勝手な人間だと思う。りんごちゃんの時に散々泣いたので、悲しみの向き合い方があの時から少し変わった気がする。
 くり子は急に、ぐーうぐーうと出産するかのようなすごいうなり声をあげた。父の死に際についていた時も、私は同じ感じがした。生き物が生まれる時も死ぬ時も同じなのだなという不思議な感覚だ。何というか、同じ門をくぐってこちらとあちらの世界を行き来しているのだな、という…。

 仕事中から腹が痛かったため、いったんトイレに行ったら、出す前に母と妹が私を呼ぶ声がしたので、トイレもそこそこに部屋に戻ったら、くり子は全身を反らせて弱い呼吸をしていた。
 耳がぺたっと後ろに寝ていて、両脚が伸ばされて硬直しかけている。その時が来たのだ。
 母はくり子の顔をさすり、なんでこんなに早く逝ってしまうんだろうと泣いていた。愛犬りんごちゃん亡き後、一番くり子をかわいがっていたから、私よりも悲しみの度合いは深い。私は私で、四六時中くり子の容体が気になって体調も崩していたから、決してくり子を愛していないとは言えないが、愛し方、悲しみ方は人それぞれだと知る。

 みんなで体をさすって声をかけていると、くり子は返事をするように口を動かし、やがて息をしなくなった。母と妹は泣いていた。私はくり子の目を閉じさせ、体をペット用の体拭きで拭った。くり子は穏やかな顔をしていた。

 再び腹痛が起こったのでトイレに行き、部屋に戻ったらくり子は寝ていたタオルを体にかけられて犬用ベッドに横になっていた。まるで微笑んでいるように見えた。
 最後の最後まで、手をかけさせない子だった。
 くり子、家に来てくれて、ありがとう。お前から学んだことはたくさんあったよ。
 お父さんが迎えにきたら、一緒にたくさん遊ぶんだよ。もうお前は自由なんだから。



 これにて、蒼雪ブログは終了です。
 
 このブログには積み上げてきたものが多いので退会はしませんが、いつ戻るかはわかりません。
 気が向いたら戻ってくることもあるかもしれません。
 コメントがありましたら拝読いたしますが、お返事は控えさせていただきます。
 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 
 
 
 


 

 
 

#日記広場:ペット/動物




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