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医療的ケア児童の地域校への通学について


難病「リー脳症」医療的ケア児、一般の小学校へ 「親のエゴかも…」悩んだ母 周囲の変化生む #令和の親(BSS山陰放送) - Yahoo!ニュース

https://news.yahoo.co.jp/articles/9987147d829f966bd0a412e17740c33a511dae4b?page=3

の記事では、『気管切開をしていて人工呼吸器の管理、胃ろうによる経管栄養、吸引と吸入と導尿』の必要なこどもが地域の小学校に通うことについて書かれている。

私は別に それが親のエゴだとも思わないし
地域や学校に『理解』をさせるためにハンディキャップのある子を地域に通わせる必要があるとか、そこに意義があるとか言った主張には断固として反対する立場でもある。

問題は、当該児童にとって、地域の学校に通うことと支援学校に通うことのどちらが負担が少ないか? より充実した療育生活が送れるか?
また行政面からいけば、どちらが 予算的に負担が少ないか?であると考える。

鳥取県の場合、いつの間にか支援学校の数が増えて
 視覚:小中高専:1校 鳥取市
 聴覚:幼~高 :1校 鳥取市
    幼~中 :1校 米子市

 病弱・肢不  :2校 鳥取市・米子市(訪問学級もあり)

 知的:小~高(訪問):2校 鳥取市・倉吉市
    小~高    :1校 米子市
    高      :1校 東浦郡
    小~専    :1校 鳥取市(国立)
(https://www.pref.tottori.lg.jp/10379.htm より)
と 陣容は整っている。

しかし、地方の場合、県としては学校がそろっていても
県下全域から通学できるかと言えば そうではない地域も存在する。

それゆえ、必然的に、ハンディキャップのある子に義務教育をうけさせようとすると、①支援学校の近くに引っ越し②医療的ケアの必要な子の場合 長期入院 ③支援学校の寮に入る ④地域の学校に通う
という選択が必要になってくる。

2021年9月に施行された医療的ケア児支援法の本来の目的は、従来 通学時間・通学手段の問題で、支援校に通うことに著しい負担が生じていたお子さんに、地域の学校でしっかりとした教育を受けられるように、自治体からの支援が必要ということで 作られた法律である。

なにも イデオロギーや 親の都合の為に、医療的ケアの必要なこどもを地域校に通わせるために作られた法律ではない。

(たしか 鳥取・島根の方では かつて 医療的ケアを必要とするお子さんの受け入れに関して 受け入れ校と保護者との対立から 教職員に大々的な労働環境の悪化が生じ退職者が相次いだと記憶している

 それゆえ、上記アドレスの記事では 実に無難にきれーに記事をまとめているが、
 それでも 本来の法設立の趣旨に沿った解説は 書くのがメディアの義務ではないか?

さらにいえば、少子化により 地域の小中学校にゆとりができたから、医療的ケアの必要なお子さんを受け入れる余裕もできたということ、
さらに、医療的ケアの必要なお子さんというのは、自傷他害の恐れがないため、物理的環境と専門員の配置さへできれば対応しやすい存在であるということ
その点をきっちりと 押さえておく必要がある。

さもないと、「あの子は あの県では 地域校に受け入れられ手厚く保護されているのに なぜ うちの子はダメなの!差別だ!」と言い騒ぐ親や団体が うようよいるのが 今の日本の現状なのだから。

一方で 保護者をたきつけるメディア・イデオロギー団体が声高に叫び続けている現状では
この手の記事は まっとうであるだけでは、
読者啓発や 社会に良き影響を及ぼすよりは

各種団体の洗脳的宣伝に迷わされた読者・保護者の誤った思い込みを強化する材料にしかならず
むしろ 悪用されて ますます まっとうな適正就学委員・教育委員会(主事)・専門性の高い教諭を苦しめるだけの結果になっているのが 今の日本の現状なのだから。

メディアも記者達も 己たちの同業者・過去の行いの罪をしっかりと自覚して記事を書いて下さい

最後に一言

医療的ケアの必要な子が 家庭で健やかに過ごし
地域の学校に通うこともできるのは

保護者・特に母親の献身があればこそ

さらに、その地域の社会的資源(医療・教育・安定した電力供給・住環境・災害対策etc)
当該家庭に経済力と 保護者に一定の学力・理解力・体力と健康があればこそなのだということ

逆に言えば それらの一つでも欠ければ 崩れてしまうほど
脆い基盤に立っているのだという現実を忘れてはならない。

逆に言えば 地域のインフラ基盤(&自治体の税収)が弱ければ
保護者や教員や 地域職員がどれだけ奮闘しようと
無理が生じることはあるというのが 現実なのだ。

その無理は、すべて 当該児童や その児童が通う地域校の全児童・生徒・関係職員の負担となって 当時のみならずその後の人生をも苦しめることになっているのである。

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2023/05/29 12:18
ネット記事は すぐに内容が書き改められてしまうので
問題のある記事ほど、全文複写して添付しないと
あたかも こちらの指摘がまとはずれであるかのように 細工されてしまう(過去に経験あり)ので
いつも 問題の多い記事ほど 転機してます。

本日の記事に関しては、単体としては 特に問題がないと思うので
さらに 長文なので 引用もコピペもしていません。

逆に言うと 記事の主テーマとなっているお子さんやその同級生の立場も考えると
ちょ~と 記事での取材対象者の扱いが具体的過ぎるのでは?と思って拡散を控えたほうがよかろうとおもったこともある。

この手の記事の扱いのむつかしさ、
個人の特定を避けると 捏造を疑われたり、類似ケースと混同されて問題が発生→かなり具体的に対象を絞れる記事にする→10年後 20年後 その対象となった子供達(クラスメートを含む)などへの影響が予測つかない→そこまで考えていたら 日本国中で閲覧可能なネット記事にできない(と記者なら悩むだろう)

学会レベルなら こういう広報目的の文章を書くときには 徹底的に 対象者の身バレ予防措置をとるのにね

職業記者・メディアって ほんま ええ商売やなー その業を背負って せいぜいお気張りなはれ(半分嫌味 半分本気)
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2023/05/28 22:58
「障がいのある人の豊かな青年期を保障する」その理想が実現する世の中になればいいなと、私も思うけど

今は 支援学校相当の障害がなくとも 「豊かな青年期」を送ることのできない若者が
多いと思うのです。

「昔は みんなが貧しくて、それぞれが大変だったけど、それでも 個人個人の夢を追求する事由があった
青年期」なんて 高度経済成長時代を懐かしんではいけないんだろうなぁ・・

だって あのころ、その存在を無視されていた立場の若者達のために
支援学校の専攻科を作ろう・そこでの課題を明らかにして、知的の支援学校の専攻科を増やそうって話になっているわけだから。

ただ、その理想に共感する「大衆」というものが 果たして今の日本に存在するのだろうか?

今は みんなが みんな それぞれ「己の苦しさ」を訴えて 他人の足を引っ張ることに血道をあげている世の中のような気がしないのでもないのだけど・・・

 ネットを通して見える世界を そんな風に感じるのは私だけ?

(参考)
・https://zensenken.iinaa.net/index.html 全国専攻科(特別ニーズ教育)研究会

・令和3年度における専攻科の生徒への修学支援の対象となる高等学校等
  https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/mushouka/20210827-mxt_shuugaku_1344146_1.pdf

・特別支援学校専攻科に関する実態調査・文科省 ・・こっからPDFファイルをダウンロードしてください
   https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/1345255.htm
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2023/05/28 22:45
(補足のおまけ)
私個人の感想としては、
昭和の時代 高等部を卒業したわが子の居場所づくりのために、保護者と養護学校(と当時は呼ばれた)の教師・心ある医師達が一丸となって、作業所(のちに自列支援施設等と名称がかわった)が作られ、当時の好景気の影響もあって、作業所に通う若者達が 老いた両親を養うまでになった。

さらに ボランティアとして そうした作業者や自立支援施設の円滑な運営に参加していた研究者たちが
障害者たちの縦断的研究の成果もあげることができた。

しかし NPO法人制度ができてから、そういう 純粋に ボランティア・もしくは自主独立の精神で運営されていた作業所等がなくなり いつのまにか福祉を歌った営利集団ばかりになり
一方で福祉制度の個別支援がいきとどいたこともあって、
様々な課題を抱えた年長のハンディキャッパ―達が 逆に家庭の中に引きこもって行って
最後は老人福祉施設か 警察の元へ行くケースが増えてきたような感じがする。

その一方で、国立大付属校で知的ハンディのある方のための専攻科の設置が増えてきたが
その先は どうなるのか? 私は気がかりである。
 ネット通販が一般化し、スーパーすら スマホで注文宅配が当たり前になりつつある都会で
 知的ハンディキャッパ―達が 一人で生きて行けるのだろうか?
 彼らの個性を生かせる仕事が どんどん なくなって行っているような気がするのだが・・

 最近 知的のハンディキャッパ―とのかかわりが薄れているので 正直よくわかりません。

 同じ知的ハンディキャッパ―達でも、病名(診断名)のつく人達は、日本の支援学校の適切な教育のかいあって、誕生年にして10年単位で ほんとに飛躍的に 生き生きと楽しそうに生きている世代が増えているのですが・・

 単純なハンディのある人たちの立場(生活の場)が どんどんなくなって行っているように感じます。
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2023/05/28 22:29
(補足)支援学校の学部について。

・本文中の支援学校について、種別により幼稚部があったり専攻科があることについて。

①聴覚障害においては、コミュニケーション能力の獲得により 円滑な家族関係を得るためにも
 聴覚障害が判明した瞬間から、聴能訓練及び言語獲得に向けた支援活動が必須である。

 それゆえ 聾学校においては養護学校義務化以来常に幼稚部は置かれてきた

 両親共に聴覚障碍者であり手話を両親が使っている家庭(聾ファミリー)であれば、親子で手話による円満なコミュニケーションができるとかつては考えられていたが、近年スマホなどが日常化するにつれて、文字によるコミュニケートの比重が急上昇しているため、文字を使った日本語(=音声言語と密接に結びついた語彙の獲得)の必要性は高まる一方である。

 さらに 風疹・原因不明の理由により、聴覚障害のこどもが生まれた場合は、家族内でのコミュニケーションの取り方がわからないことに親子共に苦しむことになる。

 また 幼児期より補聴器を適切に使用することにより、子供のハンディを補い、言語獲得を助けることができる。
 そのためにも 幼稚部では、子供の発達に合わせた補聴器の使用について、子供にも保護者にも指導している

 それゆえ 今も昔も 幼稚部の必要性は高い。

②全盲の子供の場合、視覚によって姿勢の補正ができないために まっすぐ立ったり歩く動作そのものがうまく獲得できない。
 それゆえ 本来なら 全盲の子供の為にも幼稚部は必要なのであるが、まだそこまでに至らず
 もう学校の教師や保護者の熱意によって、盲学校小学部のイベントなどを通して、幼児たちが訓練に通う事例が ひっそりと個別に(公になることなく)ちらほらと指導が行われている程度である。

 むしろ、全盲の方の職業訓練=資格取得のために 専攻科が 支援学校の中ではいち早く設置された。

 かつては 全盲の若者にとって、筑波大学の3年コース(今は4年の学部になっていたはず)に進学するのが エリートコースであったと当事者から聞かされたことがある。

③知的の支援学校専攻科について
   これは アメリカの青春ドラマで見たことがある方もいるかもしれないが
   日本でも 生活訓練・生活体験学習の延長として主に国立の障害児教育の学部を持つ大学の付属校に設置されている。




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