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- 2008/12/30 04:05:08
大きかったのは妹の結婚ですかね。
なんつうかギャルというか反抗期というか、大嫌いな妹でしたが、花嫁姿はとても可愛かった。
凄く綺麗だったの。
マリアベールが階段に広がって、とても素敵でした。
両親への手紙で、思春期の不安(私と姉は趣味が一緒で高校も一緒。なので、だいぶ不安だったみたい。自分はこの家の子じゃないんじゃなかろうかとかおもちゃってたみたい。ごめんね、気づいてあげられないあほな姉で(´・ω・`))
今はなんと妊娠したそうで。
え、私おばちゃんですか?
そうですか。
いやいや、母方の実家のならわしに従っておばさんではなくお姉ちゃんと呼ばせてやらぁ。
25だけど。
…まだ…お姉ちゃんだもん…だ…よね…いいよね…お姉ちゃんで。
でも菊若ちゃんとか名前呼びはさせんぞ!
目上は敬え!
とりあえずはな!
それが世間をうまく生き抜く秘訣だまだ見ぬ姪だか甥だかよ!
あとは祖母が亡くなったこと。
余命は4月の段階で3か月と言われていたのが7月にあった妹の結婚式に出席。
祖母は千葉在住で、私たちは大阪。
遠いところなので体調によっては無理だと思ってた。
でも不思議に結婚式の前後はとても調子がよかったそうで、お医者様からも「これなら」と、許可をいただけました。
最期の方はもう私の声もよく分からず。
でも体をさすってあげたら唸っていた声も穏やかな寝息に変わって。
少しでも気持よくしてあげられたのならよかったと思います。
お葬式は葬列を組んで、私は杖(六角だか八角の杖)を持ってお寺まであるきました。
無くなった当日は抜けるような青空だったけど、通夜と葬儀の日は雨。
おばあちゃんがまだここにいたいって言ってるのかなって。
うん。
やですね。
父方の祖母は急でした。
心の準備なんかする暇もなく。
でも死に目には会えたんです。
まるで私たちを待っていたみたいだねって周りが言うくらい。
母方の祖母は余命宣告されて、最期の方では調子が悪くなった、意識が無くなった。また回復した…って。
何度も一喜一憂して。
正直しんどかった。
夜に電話がきても、朝に電話がきても、というか電話が来るたびに怯えていました。
大切な人がいなくなるのは嫌だ。
私は多分かなり甘えたで寂しがりなんで、もう、経験したくないな。
絶対に、全員に平等にくることなんだけど、本当に胸が張り裂けそうでした。
皆さんは孝行出来る相手がいるなら恥ずかしがらず、面倒がらず。しといてください。
どんだけしても絶対後から『あの時もっとこうしてあげてれば』って思うよ。
もう会えないって、凄く重い事ですよ。
重い話題でごめんなさいですm(_ _)m
























