Nicotto Town



伝えることなどない

表現というのは、なんのためにするのか。
何かを主張し、何かを伝えるためだとすれば、恐らく日常と言うものは表現にはならない。
日常を描いた表現は膨大にあるが、表現をした瞬間にそれは日常ではなくなっているようにも思える。


「ケイコ 目を澄ませて」

2023年公開の映画。
一言で言えば、まあ地味な映画だ。
こんなものを映画館で見ようなどと言う酔狂な人間がどれほどいるのかと興行収入ランキングを見てみた。推測値も入ったものだが、2023年の公開映画175作品中で101位の約1億円らしい。私が以前にこの日記で高評価レビューをした「リバー、流れないでよ」が112位の8000万円。密かにファンの「ベイビーわるきゅーれ」シリーズの2作目「ベイビーわるきゆーれ 2ベイビー」は142位で2000万円。

マジで?

映画を娯楽として考えるのなら、どう考えても「ベイビーわるきゅーれ」だろうと思うのだが、世の中は不思議なものだ。「リバー、流れないでよ」も非常に面白いが、あの斜め上な感じの歪んだ面白さは、まあ112位なのか。。。

それにしても、「リバー、流れないでよ」が8000万円でも、まあ映画の内容的に全く金がかかっていないことは明白なので、目も当てられないということでもないとは思うが、「ベイビーわるきゆーれ 2ベイビー」が2000万円では、どうにもならないだろう。



映画なんて文化が育つわけがない。



まあもっとも、「ベイビーわるきゅーれ」は一作目が一番面白くて、回を重ねるごとに面白みがなくなっていくので、なんだか肩を持ちにくい気もするが。それでもドラマ版の影響もあってか、3作目の「ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ」は5000万円だったらしい。増えているとは言えども、これでは前田敦子や池松壮亮などというレベルの役者に、どうやって支払いをしているんだろう。。。



閑話休題



なんにしても1億などという興行収入を叩き出すとは、ちょっと信じがたい映画「ケイコ 目を澄ませて」。
物凄く大雑把にあらすじを言うと、生まれつき感応性難聴で両耳が聞こえていない全聾のケイコが、老舗ボクシングジムで練習をして、試合をして、日常生活も送る情景の描写が1時間39分に渡って続く。

以上。

女性ボクサーを描いた邦画の良作と言えば、安藤サクラ主演の「百円の恋」が頭に浮かぶが、ああいったドラマ性はまったくない。「百円の恋」には、ゴミのような生活をしていた主人公が、ボクシングにの入れ込んでいく心の塊の重量感が、これでもかと描かれる。他にも女性ボクサーの映画と言うのはいくつかあるが、どれもがその人生の在り様を濃密に切り取るようなもの。
しかしこの映画は、ケイコが全聾であるという前提だけは最初に提示されるけれど、全聾であることの葛藤、社会のとの軋轢、生き難さ、そういった私小説的なテーマを丁寧に描きだすということは、一切されていない。日常の描写として、聞こえていないことでの交々は描かれているが、それだけだ。ボクシングをする具体的な理由も、ほとんど見えてこない。もっと言えば、おそらくケイコ自身がなぜボクシングをしているのか、明確に言語化できるほどの意識を持ってもいない。

実は、この映画には原作がある。書いた本人が、映画同様に全聾のプロボクサーだ。しかし原作では、先述したような彼女の人生の在り様が、克明に書かれている。そういう意味では、「ケイコ 目を澄ませて」は原作をモチーフにしたフィクションと言っても良いのかもしれない。



映画は、唐突に終わる。
なんであれば、いい感じにハートウォームな終わり方をするところが引っかかるが、とにかく唐突に、というか、さらりと終わる。



でも日常とは、そういうものなのではないか、と思う。



大した抑揚が日々あるわけではない。もちろん全聾という状況ゆえの日々の雑多な問題や、人生の大きな浮き沈みだってあるだろう。だけれども、一歩引いて眺めてみれば、なんとなく日常は過ぎていく。なんとなく笑ったり、なんとなく落ち込んだり、なんとなく不安になり、なんとなくつまらなくなり、でもなんとなく人生が切実でもあったりもする。

そこに、いちいち鼻息荒く伝えるようなことなどない。
しかし伝えることなどないのかもしれないが、何も起きていない、ということでもない。

NHKの地味に人気のある番組で、「ドキュメント72時間」という番組がある。スーパー、港、食堂、そういった何気ない場所で、何気なく行きかう人の、何気ない所作と僅かな機微を、ただ定点観測として拾うだけ。

もちろん映画はそこまでドライなものではないし、相応の演出というものがあるわけだけれど、行ってしまえばケイコだけを捉え続けた「ドキュメント72時間」みたいなものかもしれない。

ただ、そのほんのわずかな味付けである「相応の演出」が、主人公が全聾ゆえにあまり会話がなされない全体のモノクロームなトーンの中では際立ち、とても良い出汁になっている。




いつかケイコも、ボクシングをやめる時が来る。

というか、いつかボクシングに飽きる時が来る。

むしろその時の方が、ドラマなのかもしれない。

ドラマチックな時は、ドラマチックであるだけ。

ドラマチックが途切れるその時。それがドラマ。

日常は、淡々と淡くドラマチックに流れていく。

これはその淡々としたものが途切れる前の日々。



じゃないかな。



良くわからないレビューですね。
すみません、文才ないのでw


ではでは。

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2025/06/15 00:40
追伸

この映画のレビューの中に、「映像が暗い」というのが目につきました。暗い、というのは物理的に暗い、と言う意味で表現的に暗いということではないです。いや、暗くないんですけどね。おそらくですが、現代のビデオ撮影、なんであればビデオですらない動画撮影しかしらない世代には、フィルム撮影の画の感じが暗いと感じるのかなと思っています。

はい、私もこの手の業界の出身ですから、映画を見た瞬間に「ああ、フィルムで撮ってるんだ」とは思いました。しかし、なんか途中で「画質が荒いな」と感じていたのですが、いま気が付きました。これ16㎜で撮ってるんだ!
通常、と言うか昔の通常の劇場公開されるような映画は、35㎜フィルムで撮影していたのですが(テレビCMとかも基本的に35㎜です)、この映画は16㎜。それでか。。。 暗さも際立つかもしれません。
ちなみに、16㎜より下になると、8㎜となります。8㎜には、シングル8とスーパー8の2種類があったのですが、素人にはスーパー8はハードル高くて、自分で撮るときはシングル8でしたね。懐かしい。。。



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