Nicotto Town



8段 成長するなら


今まで……中1のときから……全くマトモじゃなかったときから……お世話になっている先輩。
私が失敗したとき、やらかしてしまったとき、いつも何らかの形でかばってくださった先輩。
泣いてしまったときに慰めてくれる先輩。
私なりのわがままをちゃんと聞いてくださった先輩。

それは、K先輩である。

そして私は、その先輩のことが、一番大好きだ。

今日は、県のステージで発表する日だった。
私は、朝6時に起き、丁寧に身支度をした。
あの先輩の隣で吹かせていただくことができる。このような貴重な機会をくださった人たちに感謝しなければと思った。

そしてバスで、2時間ほどかけて、会場に行った。
今回の会場はとても広く、大きく、複雑な構造になっている。みんなの憧れのステージだ。

会場に着くと、私たちは、楽器を下ろし、荷物置き場へと向かった。
K先輩がいる。私はそれだけで、胸が熱くなった。

午前中は、他の団体の鑑賞をした。私たちの出番は午後だ。私はパートのみんなで集まって席に着いた。
鑑賞はとても楽しかった。ただ、和風でしんみりとした曲が多く、少し精神が削られたような気がした。

次はお昼ご飯だ。絶対、K先輩と食べたい。
鑑賞をしつつ、先輩の顔を思い浮かべる。
一緒に広場で食べたい。もっと 秘密を知りたい。もっと仲良くなりたい……!

午前の部が終わり、私たちは席を立ち、昼食に向かうこととなった。
私は真っ先に、
「K先輩!一緒にお昼ご飯を食べませんか!?」
と言った。
「ん〜、とりあえずコンビニ行かなきゃな〜。」

微妙な返事。すみません、これってどういうことですか……?
けれど先輩のほうは覚えていたらしく、他の人を誘うときも、必ず私とも食べることを伝えてくれた。

K先輩って、たまにそういうときあるな。
私の話を、聞いていないようで聞いていたとき。
私の願いを、忘れず叶えてくださったとき。
胸がぶわっと熱くなる。

そして、お昼ご飯の時間になった。
お昼ご飯は、私とK先輩と、その他の2人の先輩と食べることになった。
しかし、私は、このような大人数で食べることは想像していなかったので、かなり緊張した。
当然、周りの先輩たちと話すことさえできなかった。

K先輩、ごめんなさい……。
このように何も話せない私と食べるなんて、いてもいなくても一緒のような気がします……。
私、抜けた方がいいですか……?でも、それもなんだか申し訳ないような気がします……。

何を考えているのだろうか。
私はK先輩と、何をしたかったのだろうか。
そう、一緒にお昼ご飯を食べたかったのだ。
どこでもいい。いつもの場所でも、あの思い出の場所でも。
できれば、二人で。そうでなくても、ともに何かができたらなって思う。

お昼ご飯が終わり、自由音出し室(リハーサル室に行く前に、事前に個人で音を出すことができる場所)に行く準備をした。

自由音出し室に着いた。暗い気持ちだった。
いつまでたってもピッチ(音程)が合わなかった。やはり数日間練習していなかったからだろうか。
今回の発表会がテスト直前だったということもあり、勉強のために部活は行かないように親から言われていた。
家でもある程度は練習していたが、部活ほど熱心に吹いてはいなかった。

落ち込んでいると、突然K先輩が私に声をかけてきた。
「暑いよ〜水飲みたいっ!!」
「!?」

いつも先輩が言っていることだ。
確かにこの自由音出し室は暑い。
窓もドアも全て閉められ、冷暖房も何も入っていない、密閉された空間だ。蒸し暑いに決まっている。

でも、なんだか、どこか話しかけてくださったことが嬉しかった。
なぜ話しかけてくださったのだろうか。先ほどまで他の先輩たちと話していたのに。

私たちは二人で、しばらく一緒に合わせ練習をした。

チューニング室(合わせ練習ができる場所。もちろん チューニングもできる。団体ごとに使用できる時間が指定されている。)が使える時間が迫ってきたので、私たちは移動することになった。

チューニング室。とても広かった。
初めて私がアンサンブルコンテスト県大会に行ったときに使った場所と同じ場所だった。
どこかの懐かしさを感じつつ、全体合奏へ臨んだ。
いつまでたってもピッチは合わなかった。だが、思ったよりもメロディはつながった。

終了の時間となった。これから舞台袖へ向かう。
舞台袖では、入場する順番に3列に並ぶ。あとは真っ暗闇の中でステージを待つのだ。

うまくいくかどうかなんて、わからなかった。
でも、やれることはやったはず。

そんなことを考えていると、K先輩がこっそり声をかけてくださった。
「君は、今までより、成長してくれて、本当に嬉しい。」

成長……?どういうことですか、先輩。
今日なんか、ピッチを外しまくりましたし、お昼ご飯のとき、何も喋れなかったじゃないですか。それなのになぜ……?

それでも、先輩は話してくださった。
私が、一ヶ月前ほどのステージで、初めて私自身が「自信を持たなければ」って言ったときのこと。当時は吹くことに自信がなくて固まっていたときがよくあった。それを自覚し、自ら自信を持とうとしたときのことだ。
そして私がお昼ご飯に誘ったこと。人と積極的につながろうとする、私の意志だ。

私にとってはただの行動でしかなくても、K先輩にとっては、とても嬉しかったそうだ。

静かな雰囲気を味わったのち、私たちはステージへ向かった。

これからも成長していくために。




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