Nicotto Town



仮想劇場『セミと僕とお盆休み』


 ようやくもらえた長期休暇を利用して郷里に戻ってきた。といってもすでにここには実家はなく、ただただ懐かしい田舎風景がストンと転がっているだけで身を拠せるべき場所もない。
 恰好ばかりの墓参りを済ませ小学校の裏道を千鳥足に交わし、子供のころよく遊んでいたお宮さんの境内に出る。
 特に信心しているわけでもないが賽銭箱に50円玉を放り込んで神妙な顔つきで柏手を打ち、これまた神妙な顔つきで大して願ってもいないことをお願いしてみる。
 大昔にこのお宮に奉じられた神様は今もそこに在るんだろうか、
 なんてことをガラにもなく思いついてもう一度深く頭なんぞを下げてみた。
 

「あぁ、やっぱりそうだ! ユウちゃんだよね?」
 苔むして久しい石鳥居の下に不意に誰かが現れ僕を呼んだ。
 振り返ると30代半ばのやせ型の女性がこっちに向かってくる。その両手にはサイダー瓶が一本ずつ。それがお堂の前で一呼吸おくと、祭壇への階段に足をかけ右手をグイっと突き出して片方のサイダーを僕に差し向けた。

「あれ・・・いや、もしかして・・フジコ?」
 あてずっぽうに近い速度で僕が聞き返す。
「うんうん、久しぶりだねぇ。20年ぶりくらい? はいどうぞ」
 女はそうやってニコリとほほ笑むとサイダーの蓋を押し開けて僕に渡してきた。
 驚き顔のままそれを受け取り一口だけ口に含む。よく冷えている。

「いやいや、そこまではないよ。たぶん・・・」  
 故郷の土を踏むのは17年ぶり。前はたしか成人式でそのときにもフジコには会っている。あの時は数人で役場前の焼き鳥屋に入りしこたまビールを呑まされた。初めての二日酔いというものを僕は経験した。

 
 フジコは小中の同級生で印象だけで特徴を断じれば『おてんば』といった感じだ。確か小学生の5年生くらいまで男の子たちに交じって泥んこになりながら一緒に遊んでいたと思う。しかし6年生になったあたりで彼女は地元の不良中学生と遊ぶようになり、それがきっかけで僕とは疎遠になっていった。
 別に嫌いになったわけじゃない。が、そのあたりから急に女らしさが出てしまった彼女をもう友達とは呼べなくなったんだろう。彼女自身も僕とは距離を置き始めていたと思う。

 そんなフジコがまだ地元に残っていたことも不思議だし、盆休みにたまたま気が向いて帰郷しただけの僕にこうやってわざわざ声をかけてくれることも不意なことだが嬉しかったりもする。
 そうやって37歳になった二人でお堂の階段にて肩なんぞを並べ、通りの向こうで青々と天を仰ぐ稲穂の群れを眺めて過ごすことになった。
 
       つづく・・・ぜったいに


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