Nicotto Town


かきくけこのブログ。


エホバの勧誘がブス

今日はエホバのなんとかという宗教勧誘の人がきた。二人来た。二人ともドブスだった…。なんか、そういうのって若くて綺麗な美人がやるもんかと思ってた。私みたいなのでもやっていいんだ!?って思った。ドブスでもやっていいんだ…???と、勧誘っていう職業に、ブス差別がない事が今日わかって、いまどきパン屋ですらブスだと働けないという時代なのに、宗教って、ブスの就職先としてありなんだな!と、しみじみ自分ってむいてるかもしれない。勧誘する人に。っておもいました。それくらい親近感感じるブスだった。そして老婆たちだった。年老いて、ブスになったら、そんな私たちを助けるのは、宗教なのかもしれません。そう信じられる日だった。


年老いてブスなら宗教
 ひと昔まえは、ブスな人のやる職業って、じめじめ暗い人がやる職業って、小説家とかだったような。根暗でブスで本ばっか読んでるようなやつ、そういうやつが執筆業やるみたいなイメージがあったけど、最近の賞とってる作家さんなんてみんなオシャレでかわいくて綺麗で、そして才能があって華やかで。根暗な人が巧みな心理描写かけないでしょ?っていう風潮があって、最近の根暗ブスの居場所ってどこなんだろうと、つくづく根暗ブスの一員として私は考えていた。そうか、宗教っていうのが、我々根暗ブスのいくべき場所なのか。と、勧誘の人がブス特融のキレ加減で、ブスだけが許されるキレ運転が通常というあのひねくれブスのひねくたっていいじゃない。ブスだけど悪い?なに文句ある?負けないわよ!?みたいな、毒々しい毒婦じみたブスの最終形態進化した姿で、ブスが勧誘しにきた。おわ…きっつ…と、他人事ではないキツさに、自分もあと数年でこうなるんかという同情しかわかんかった。美人な人には想像つかないかもしれないけど、ブスでババァだと、性格もひねくれるし、まともな面接さえしてもらえない事があるのだ。それくらいブスはきつい。だからこの人、ブスだから防衛的な攻撃的姿勢で、ブスだから宗教の勧誘しかできなくて勧誘してるのかな?と、なんだか、我々ブスの選択肢の少なさに、本当になんとも切ないものを感じた。宗教の勧誘っていうと、普通、信仰に疑いを持たれないように、感じよく愛想よくする人が勧誘するもんじゃないのだろうか。ブスな布教者は、いわゆる不機嫌ハラスメントな態度で勧誘してくる。でも、なぜだろう。私だけだろうか。フキハラって、美人がすると抹殺したくなるほど憎々しいのに、ブスが不機嫌だと、あんまり怒りがわかない…。だってブスだって、不機嫌になりたくてなったんじゃないのです。周囲に褒められる経験が、あまりにもうまれてこのかたないんです、美人と雲泥の差があるんです。そんな人生を送ってる我々ブスなほう。ブスだ、ってすぐバレる化粧してもブスな私たちは、多少フキハラしてるくらいがむしろうまく生きていけるのだ…。それはもう、フキハラしたくてしてるんじゃない。生きていくために自分を守る術として、フキハラしてるんだ…ていうのがすごくわかって、なんだかブスで根暗の私も、いつか宗教の勧誘という仕事を探そうかな。と、顔で職業差別しない宗教家という人物に出会い、勧誘の仕事をしようかなと、本気で思った。

誰の指示でもなく動くエホバ信者
 なんの教会に属し誰の采配で布教を?って聞いたら言えません。って言われた。唯一言えるのは「私たちはキリスト教ですだから信用してくれていいです」って。てことは、どこの教会に属しているか言わなくても布教できるって事は、明日から私も「どこの誰よ」って言われても、「キリスト教です。それ以上は言えない」っていう理由で、キリスト教の布教しても、バレないし、法律上問題ないってことか。って、私みたいな意味不明なブスだから就職先としての宗教家やろうかと思ってるような、神罰にあたいするような業深い神にそむくような人間でも、やろうと思えばできるのが勧誘なんだな~と、勧誘する時に名刺わたさないで帰っていったエホバの勧誘者の後ろ姿に、彼女たちに神の祝福と幸せがあらんことを祈るばかりである。


は~~~~~~~~…どうせならめちゃくちゃイケメンが勧誘しにきたらいいのに…。イケメンに愛想よく勧誘されたい(笑)

ただ、私が思うイケメンって、どんな顔なのか。っていうのが普通と少し基準が違うかもしれないというのが、私の最近気づいたところである。

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