【小説】限りなく続く音 4
- カテゴリ:自作小説
- 2025/08/16 07:48:03
思えばあれは不思議な光景だった。
集まっていたのは、まず私が生まれる前に他界した祖母の筋の親戚たち、これも私にとっては初対面も同然の、あまり馴染みのない人たちばかりだった。
それから、母方の親戚。母は六人兄妹の末で、一番上の伯父などはもう年寄りに見えたし、その子らであるいとこたちは私が物心ついた時には既に成人していた。つまり、私にとって親戚とは『おとなのひと』のことだった。
大人たちは何年も何十年も前のことを昨日のことのように話す。時に誰かが誰かの思い出話を訂正し、そうだったそうだったと笑った。
その何年何十年が『まるで昨日のように』彼らの中から噴き出していた。
大人たちが集まる場所では、時間が狂う。
そしてその日、時間を狂わせているのが聡子叔母さんだということだけは私にもわかった。母方のいとこと変わらぬ歳にも見える叔母は、集まった大人たちの時間を切り裂いた裂け目をくぐって現れたように見えた。
だから、その背後から私の前に飛び出して手を取った草太は、狂った時間を更に切り裂いて抜け出してきた現実だった。
鮮やかに現れた見知らぬ人々。
家へ戻る道すがら、父は私に言った。
「草太は素直ないい子だな。千夏、仲良くするんだよ。いとこなんだから」
いとこだとなぜ仲良くしなければならないのかわからなかったが、私は頷いた。
帰宅してすぐお風呂を沸かした。「遅くなったから」と父が私に先に入るように言った。一番風呂は祖父と決まっていたのは、祖父が病に倒れる二年前までのことだった。少しお湯が熱いのは、祖父の好みに合わせて沸かしていた名残だ。
あれは祖父が倒れる前の年の夏だった。友達と喧嘩して帰ると、祖父が縁側で夕涼みをしていた。庭木のざわざわという葉擦れと、風鈴のチリリンという音が、波のように往きつ戻りつ、辺りを満たしていた。祖父は「おかえり」と私の顔を見た。私は答えずに庭先に立ったまま俯いた。
「千夏。ただいまくらい言いなさい」
「……ただいま」
上目で祖父を見ると、祖父はうちわを扇ぐ手を止めて私を見ていた。
≪チリリン≫
風鈴の音が、祖父の方から私の方へと流れてくるみたいだった。
ふいに祖父はうちわを縁側に置いて立ち上がり、台所の母に向かって「千恵子さん、桃があったろう」と言いながら家の奥へと消えた。
「すぐに夕飯できますから。千夏がご飯残すでしょう、お義父さん」
「一個だけ、千夏と半分にするから」
そんな声を聞きながら縁側に腰掛けた。祖父は桃と皿一枚を手に戻って「どっこらしょ」と私の横にあぐらをかいた。赤く熟れた桃の皮を指でするすると剥いて、「ほら」と私に差し出した。指先から滴る桃の汁を皿で受けながら、私は一口かじった。
「うまいか」
「……うん」
「じいちゃんにもくれ」
「うん」
そうして、私と祖父は一口ずつ、代わる代わる一個の桃を食べた。
私だけの祖父だったひととき。
私は湯船に浸かって膝を抱えた。洗った髪からぬるいお湯が顔を伝い落ちる。私は桃の汁を啜るように唇を濡らすお湯をなめた。
「千夏はわかりにくい子だなァ。でもじいちゃんには、よーっく、わかるからな」
あの日、祖父は桃の皮を剥きながら言った。その桃の甘さを思い出して、私はそっと泣いた。
はじめまして。コメントありがとうございます。
思い出を文字にして残すのはとてもいいと思います。
読み返した時にまざまざと浮かび上がる記憶の情景…
例えば絵画なら見る人と情景を共有しやすいですが
文字だと読者の記憶と直結して新しい景色が生まれるかもしれません。
そこが小説の魅力だと思います。