Nicotto Town



仮想劇場『セミと僕と感傷風景』


「そうかぁ、やっぱりみんな出て行っちゃったんだなぁ。まぁ僕も他人のことは言えないけどね」
 フジコ以外の同級生はみな街に出たそうで、地元にはもう誰も残っていないらしい。今日1日ぐるっと回ってみておおかた察してはいたことだが改めて聞かされるとやっぱりどこか寂しい気持ちにはなった。
「あ、でもユウちゃんはそれでよかったと思うよ? どうせこっちに居たってロクなもんじゃぁなかったでしょうし」
 フジコが急にそんなことを言い出して舌を出す。ハテと一瞬小首を傾げて僕は「そうだっけ?」とシラを切って見せた。そこでなんとか二人はクスリと笑って気まずさをやり過ごす。
 過去の失態をどうこうと言い訳する気はない。地元の若者として落第点から出られなかった自分自身に今更恥じ入る気もない。むしろどうにもヤンチャでムチャばかりしてたフジコがここに残っていることをどこか誇らしく思う気持ちのほうが強かった。
 
 境内に奔る夏の風は大いに雨の匂いを孕んでいる。
「降るかしらね?」とラムネ瓶を振りながらフジコが言った。
「たぶん、夜まではもつんじゃない?」
 僕がそう返すとフジコは地平線から軒先に向かっていくつも乱立する入道雲を見て小さく首を振った。
 そのしぐさがそのまま彼女の”今”を匂わせたがそこをあえて詮索しようとは思わない。それよりもこうやって二人でお宮の境内を占拠していると不思議と心内だけが少年少女だったあの時代へと裏返っていく錯覚を覚えて仕方がなかった。
 


 そういえば昔、この境内にこんな風に座り込みいつもポータブルラジオを聴いていた男がいたのを思い出す。たしか中開きにある元地主の次男坊で皆から【シゲちゃん】と呼ばれていた30半ばの小男だった。
 
 シゲちゃんはとくに働くでもなく日中は町内をフラフラと漂い、よく学校裏の畦道に座りカエルやミミズをつっついて遊んでいた。ときにはよその家の庭先の桜の木に勝手によじ登り毛虫を落として憂さ晴らししていたり、どこそこ構わず立小便をしては老人たちにドヤしつけられていたりと忙しかった。腰ベルトにつけたポータブルラジオからはいつもたどたどしく歌謡曲や昭和史の朗読が流れていて、それがどうにも不気味で小さな子供たちには怖がられていた。理不尽に暴れたりすることこそなかったが、やはり多少は地域中から煙たがれている感じだった。

「ああ、それって佐藤さんとこのシゲおじさんのことね」
 急に懐かしくなってその男のことを呟くとフジコがどこか懐かしそうに微笑む。
「あの人いまどうしてんの?」と僕が聞くとフジコはびっくりした顔で僕の顔をまじまじと見つめた。

「な、なんだよ急にのぞき込んで、 おかしなことでも聞いたかい?」

「えっと、マジで聞いてるの? それ、」

「へ、なんで?」心底意味がわからず僕はきょとんとする。

「う・・・うん、う~ん。本当に覚えてないんだ?」
 そういってフジコは僕らが小6のころにシゲちゃんが問題を起こしどこか遠くへ連れていかれた話を始めた。
 
 
    つづく・・・よ?

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