Nicotto Town



【小説】再生 2


「生とはそうしたものですよ」
 その人は言った。
 地下の喫茶店で、その人は脱いだコートのポケットから煙草を取りだし、火を点けた。煙の昇る煙草を口にくわえたまま、カチ、と火を点けて「ほら」と言った。
 炎の先がオレンジに輝く。ふ、と火が消えた。
 カチ。
 炎が生まれた。
 ふっ。
 カチ。
 ふっ。
 カチ。
 ふっ。
「何度でも再生します」
 そう言って、ライターと煙草の箱を胸ポケットにしまった。私はその人の隣で、コーヒーカップを両手で包むように持って、「再生ですか」と問い返した。その人は「そう」と答えた。
「生は刹那の連続です。瞬間に完結している。人生は記憶の束に過ぎない」
 小さな声だった。黙り込んだ私に、その人が訊ねた。
「寂しいですか」
「…いいえ」
 本心ではなかったが、否定した。寂しいと答えるのも嘘のような気がした。
 今、私たちの肩と肩は十センチほど離れた距離にある。その隙間を流れてゆくのは、煙と、静寂と、時間だった。
「永遠は容易く手に入る。そう思いませんか」
「え?」
「生は完結した瞬間の連続だと言ったんです。この一瞬も記憶の連なりの中で繰り返し再生する。だから今のこの瞬間が永遠だと」
 その人はそこで言葉を切り、ふーっと煙を長く吐き出して目を伏せた。
「そう思いませんか」
「…それなら」
と私はカップを置いた。コトンと軽い音がした。
「永遠というのは終わったもののことなんですね」
「不変と同義であるなら、そうです」
 はっきりとした語調だったが、曖昧な答えだった。
 コツッと硬い金属音の深呼吸を一つして、振り子の時計が時を告げる鐘を鳴らし始めた。私たちは時計に呼ばれたように振り返った。
「行きましょう」
 傍らのコートを手にして立ち上がり、私を促して、その人はカウンターの向こうの店主に「ごちそうさま」と言った。私も立ち上がりながら「お払いします」と言うと、その人は「いいんです」と笑顔で私を見た。
「でも」
「いいんですよ。今日は」
 今日は?
「───くん、傘」
 店主が、聞き取れない程の小声でその人に呼びかけた。その人は、ふっと笑っただけで答えずに軽く右手を挙げて、くるりと背を向け店の扉を押した。私はその人の後に続いて、壊れて外れそうなドアノブに手を掛けた。地上へ続く階段が濡れている。雨が───と見上げると、外灯の光を反射して落ちてきているのは雪だった。
 どこまで行くのだろう。
 私はまたその人に手を引かれて、雪の降る夜の中を歩いていた。傘がない。その人の手が少しずつ冷えていくのが判って、私は「どこへ行くんですか」と訊ねた。
「どこへ行きましょうか。どこへでも」
 そう答えてその人はクスッと笑った。
「…ええ、私も」
 どこでもいい。この人と一緒なら。
 不思議な安堵だった。
 この人の側で、私は今、生きている。
 この人が居れば、私は生きられる───
「寂しくありませんか」
 ふいに、再び訊ねられた。言い方を変えただけで、それは胸に突き刺さった。
 私はずっと探していたのだ。この人を。
 私を生かしてくれる人を。
 その人は私の手をきゅっと握って、「熱い手をしていますね」と言った。

#日記広場:自作小説

アバター
2025/08/25 16:03
> かなたさん
こんにちは。
ご感想とお気遣いありがとうございます。

手放した永遠は、もしかしたら最期の瞬間に
全て手の中に戻るのかもしれません。
アバター
2025/08/25 13:20
永遠の定義、ほんとにそうですね。
せっかく手に入れてもそれを常に手放しながら歩いている。

最後まで読みましたがネタバレを防ぐためにここで。
読ませていただきありがとうございました。



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