Nicotto Town



【小説】再生 4(完結)


 雪が、頬に、鼻先に触れて溶けるように、私の身体が溶け出してゆくのを感じていた。
 ゆっくりと。
 いつか感じた、懐かしい想いだった。
 すべてを許され地上に在った私たちは、おののきながら抱き合い、溶け合って、ひとつになっていった。
 あらゆるものを形作る境界線が失われてゆく。
 私たちは夜気の中へと広がってゆき、足元から土と枯れ草と混じり合い、水音と風の唸りを腕の中に抱いて空へと昇っていった。
 その透き通るような生の在り様に、私はただあなたをこの腕に抱きしめていた。
 ───生きている。
 これほど確かにそう感じたことがあっただろうか。
 その喜びにただふるえていた───あの時。
 あの一瞬が今、再生する。
 腕をほどいた私たちはもう、互いの姿を目に映し、私たちの間の流れに呑まれ、後はただ離れてゆくしかなかった。あなたに伸ばした手は届かず、懐かしい古い街並みは遠く小さくなっていった。
 私の目はどこにあるのだろう。
 私の目はその人の姿を映し、眼下に広がる夜の街を映し、星の死と誕生を映して───私の身体は飛散していった。そうして───
 私はずっと探し続けていた、
 あなたを見つけた。
 あなたは薄暗いオフィスに一人残っていた。手元の明かりが横顔を照らし出している。私たちの間を流れた時が、あなたの目元にかすかな皺を刻んでいた。眼差しも背中も記憶と同じその姿に、過ぎた時間の影を纏って───これからも。
 生きていて。
 私はそっと祈った。
 砕け散ってゆく私はどこまでも広がり続けて、膨張する宇宙に浸透してゆくのが判った。私の額に、腕の中に、指先に心臓に、無数の星々が瞬く。そのすべての星に願いをかけた。私は───ここに。
 ───今、ここに居る。
 ここから願っている。
 あなたと私を隔てていた流れに溶けて。あらゆる境界さえこの身に変えて、やがて消えてゆくから。
 だからあなたは生きていて───
 私は自分でもどこにあるのかわからない腕を伸ばした。あなたはふと何かに気付いたように顔を上げ、気のせいかと思い直してまた視線を落とした。
 さようなら。
 最後の瞬間───
 あなたのすべてを抱きしめた。




 この一瞬は、永遠。

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