【小説】再生 4(完結)
- カテゴリ:自作小説
- 2025/08/25 09:05:14
雪が、頬に、鼻先に触れて溶けるように、私の身体が溶け出してゆくのを感じていた。
ゆっくりと。
いつか感じた、懐かしい想いだった。
すべてを許され地上に在った私たちは、おののきながら抱き合い、溶け合って、ひとつになっていった。
あらゆるものを形作る境界線が失われてゆく。
私たちは夜気の中へと広がってゆき、足元から土と枯れ草と混じり合い、水音と風の唸りを腕の中に抱いて空へと昇っていった。
その透き通るような生の在り様に、私はただあなたをこの腕に抱きしめていた。
───生きている。
これほど確かにそう感じたことがあっただろうか。
その喜びにただふるえていた───あの時。
あの一瞬が今、再生する。
腕をほどいた私たちはもう、互いの姿を目に映し、私たちの間の流れに呑まれ、後はただ離れてゆくしかなかった。あなたに伸ばした手は届かず、懐かしい古い街並みは遠く小さくなっていった。
私の目はどこにあるのだろう。
私の目はその人の姿を映し、眼下に広がる夜の街を映し、星の死と誕生を映して───私の身体は飛散していった。そうして───
私はずっと探し続けていた、
あなたを見つけた。
あなたは薄暗いオフィスに一人残っていた。手元の明かりが横顔を照らし出している。私たちの間を流れた時が、あなたの目元にかすかな皺を刻んでいた。眼差しも背中も記憶と同じその姿に、過ぎた時間の影を纏って───これからも。
生きていて。
私はそっと祈った。
砕け散ってゆく私はどこまでも広がり続けて、膨張する宇宙に浸透してゆくのが判った。私の額に、腕の中に、指先に心臓に、無数の星々が瞬く。そのすべての星に願いをかけた。私は───ここに。
───今、ここに居る。
ここから願っている。
あなたと私を隔てていた流れに溶けて。あらゆる境界さえこの身に変えて、やがて消えてゆくから。
だからあなたは生きていて───
私は自分でもどこにあるのかわからない腕を伸ばした。あなたはふと何かに気付いたように顔を上げ、気のせいかと思い直してまた視線を落とした。
さようなら。
最後の瞬間───
あなたのすべてを抱きしめた。
この一瞬は、永遠。