ひねもすのたりとは、行きそうにもない
- カテゴリ:日記
- 2026/01/01 23:43:15
ビル所有会社の破綻に端を発した、近所のジムの閉店により、ちょっと出かけるというレベルで出向けるプールが公営の2か所になってしまいました。一か所は、近いとはいえ車でも30分程度かかるので、ちょっと行ってきますという感じでもなく。
残るは車で20分程度のところ。もともと相性が悪く、あまり気持ちよく泳げないプールではあるものの、贅沢も言っていられません。しかし年末に久しぶりに出向くと、年明けから2年に渡り、長期修繕のために閉鎖とのこと。もう一か所、やはり公営のプールが車で30分以内のところにあるのですが、こちらも長期修繕で、1年ほど前から閉鎖になっています。
今年から修繕で閉鎖になるプールのすぐそばには、新しく入会を考えているジムがあり、諸条件としてはかなり私にはフィット感の高い内容です。しかしジムを二つ契約する費用を払い続けるのもどうかなと思い、二の足を踏んでいます。
だんだんと、泳ぐ環境が狭まってきています。
さて、そんなこんなで、大晦日。
毎年のように年越しで足を運んでいた、最寄り駅前のバー。20年前の開店からずっと足を運んでいますが、オープン当初からの客は、完全に私のみです。もともと住宅地の中の小さな商店街の店ですから、完全に地元の人間だけを相手にしてきた店ですが、近年は客足もすっかりと落ちてしまい、どうなるのかなとは思っていました。
昨年の10月で、ちょうど20周年となった同店ですが、この年越しには或るものを持ち込みました。お酒好きの方なら名前くらいは知っているかもしれませんが、イチローズモルトという小さな日本のウィスキー蒸留所があります。ウィスキー好きの間ではとても有名な蒸留所ですが、なにしろ小さな会社ですし、サントリーやニッカのように同じ銘柄を出し続けるというようなスタイルはありません。ある期間にリリースされていた銘柄は、樽からお酒が無くなった時点で終売となります。
いまらか14年前、件のバーにて飲んだ、2011年にリリースされた3年熟成の若いシングルモルトを気に入り、2本購入をしました。その時には既に終売となり、メーカー在庫はなく、仕入れた全国の酒屋在庫かぎりとなっていました。値段は微妙に上がり始めていて、確か一本6000円程度のおおもとの価格が、8000円前後で取引されている状況でした。
2,3年前に一本の封を切り、そして残っていた一本を、この大みそかに年越しバーに持ち込みました。遅ればせながらの20周年祝いのつもりでした。現在では、だいたい一本が6万円前後で取引されている様子です。正直、完全なプレミアム価格で、純粋に味としては、そこまでの価値はないと思いますけどね。
とは言え、このウィスキーを購入した時、私はまだ40歳、マスターも42歳。私自身は、もっとも激烈に働いていた頃で、毎日3時間程度の睡眠で、16時間くらい働くのが当たり前、時間がなくてトイレに行くのも走って行って帰り、昼休みどころか昼食も食べないのが当たり前の生活でした。大げさでもなんでもなく、朝から夜まで実施的に休憩ほぼ0分で毎日働いていたような感じです。しかも帰宅後は家事と夜泣きの子守り、朝も6時半には起床して子供を起こして着替えさせてご飯を食べさせ、保育園に連れて行く生活。メチャクチャでした。唯一の息抜きは、浴びるように飲むお酒だけ。そんな時期に、ほんとうに世話になったお店です。
しかし、持ち込んだお酒の封を切りながら、いつかはその時が来るだろうとは思いつつ、普段は忘れていたことをマスターが話だしました。
今年で、店を閉めようかと思っている。
そういうことでした。オープンは20年前の10月。店の契約自体は8月だったそうで、今年も8月には更新となるのですが、もう更新はせずに閉めようかと考えていると。実際、維持できるような収入は既にない現状であろうことは想像に難くなく、致し方がないと言えばそうなのです。これから客を増やすといっても、店の性格やマスターの人柄を考えても、意図的に客を増やせるような条件が何もない。
それでも5年くらい前までは、多少なりとも客足はあったのですが、今はもう私が訪れた時に先客がいることが珍しい。
ここが無くなったからと言って、行く店がないわけでもありません。しかし、やはり精神的なダメージは大きい。わたしのこの地での生活は、この店と共にあったわけですから。
今年は、春先ごろに、もしかしたら非常に大きなネガティブな出来事もあるやなしや、という感じもあり、また父親がもうまともな生活を送る限界にきていて、やはり今年のうちに大きなかじ取りをしないと不味いことになる気配。
昨年末から本年にかけて、これからの1年があまり明るくない状況である想定ばかりが立つような感じで、何とも正月気分になれないでおります。まあ別に普段も正月気分ってこともないんですけどね。
という、新年早々に暗い日記でした。
どうもすみません。
ではでは。。。






























もえーん家は、今年正念場なんだな。
あれ?去年も、けっこうな正念場だったような。。。
正念場・・・変なこと書いてると悪いから、検索してみた。
うんうん。
たしかに、もえーん家歌舞伎(かぶき)などで、
主人公もえーんさんがその役の性根(しょうね)、役柄を発揮する
、最も重要な場面。転じて、ここぞという大事な場面・局面。てなことか。
目が離せんのぉ~。
ご無沙汰をしております
こちらの90歳の父も認知賞の問題を抱えてはいるのですが(ルーチンの生活が出来ないほどの状態ではない)、そもそもの当人の人間性の問題が加齢と認知の問題により顕著となり、いろいろな意味でもう難しい状況です。フィジカル的には90とは思えないほどしっかりしていますが、精神的に体調を崩します。というか、崩れていると当人が思い込んで勝手に自家中毒状態になるのですが。
あとは収入の問題ですね。現状は夫婦で正規雇用のダブルインカムなので、世の中の平均的な世帯収入よりは多少は稼ぎがありつつ、大学生の双子の行く末を支えるには諸事情にて色々と厳しいものの、果たして現状の収入が続くのか、やや微妙な雰囲気も見え隠れ。
何かを得るためには、何かを失わなければならない。
私はそう思って生きて来ているものの、何かを失えば何かを得られる、という逆は成立しないのが世の常。
成るようになるとは言うものの、それは成るようになれる状況があればこそ。如何様にもならないという厳しい現実も、これまた世の常。
まあしかし、何を言おうが状況は状況として、ただそこに現れるまで。
くだらないことを喋っていないで、成るようになれるようにするしかない、という事です。
ということで、本年も宜しくお願い致します
伝言板にも書かせて頂きましたが、ご無沙汰して申し訳ありません^^;
私も、昨年夏前、数十年来の病名が覆る(?)も、先月は内服薬が切れても10日受診出来ず、正確な(より客観的・俯瞰的な)評価はまた別にあるにしても、結構ギリギリで年が越せた感じです^^;
おそらく、認知症初期だった母の自宅介護もそう遠くない時期に終わると思います。
もえーさんも、もえーさんの欠くことのの出来ない「扉」が複数閉じる(までいかなくとも)局面に差し掛かっていらっしゃるのかな、と拝察します。
あくまで私見ですが、人生には年齢に関係なくそういう局面に出くわすと同時に、不惑、知命と齢を重ねていくに連れ、その頻度は上がってくると思います^^。
ただ、むざむざ膝を屈するだけか、と言うとそれもまた違いますよね、ジタバタ足掻く、抗っていきたいと^^。
確か、三浦綾子さんの小説で読んだように思うのですが、「・・・神は一つの扉を閉じる時、また別の扉を開き給う・・・。」、神の存在などほぼほぼ信じない私ですが、そういう考え方自体は、お守りにしたい(?)感覚でいます^^。
まぁ、若僧にナメられだしてからが、ヒトとしての「本番」、あ、もえーさんがそうだというのではなく、あくまで私の今の「気分」です^^。
スミマセン、一方的なお話で^^;
頑張りましょう、いや、しぶとくかつ粛々と参りましょう^^。