Nicotto Town


かきくけこのブログ。


会話に必要なのは、知性じゃなくこころ。

よく、水商売の人を「会話するだけ」とか言うけど、会話って本当に凄い事なんですよ(笑)いまだにおどおどして人とうまく話せない私は、会話するだけっていうの、一番難しい仕事じゃんか。って思ってました。自分にはきっとできません。会話しないでいい仕事、を一生懸命死に物狂いで探してるくらいですから。


会話に必要な、こころ
 現代は、「会話するAI」というのが、一般人にも公開されている。ちょっと十年前には考えられなかった、「人間とするような会話」をできるAIが、高いお金払わなくても存在しえる世界になっちゃった。そして驚くことに、知能が高いからじゃないんですよね。AIが会話できる最大の理由は、「倫理観がある」からなんですよねぇ。


徹底した倫理観モラルの明文化が、人工知能が会話する必須条件
 数十年前にも天才が「いつかAIが会話するようになるだろう」って言ったらしいけど、そういうごく一部の限られた特権的天才たちが、高度な技術を掌握してたんですね。でも、現代はそんな特権階級の天才以外にも、会話するAIと会話できるようになっちゃった。すごいことですよ。そして、なぜ、現代は、AIが人間と会話できるようになったのか、の根幹が何なのかを、人類は知る事になりました。

会話にひつような、こころ
 会話をするだけ、というけど、AIに「りんごとはなんですか」って聞いたら、辞書のような説明をするでしょう。そういうデータを返すだけ、みたいな会話なら、今までのAIにだってできた。パソコンでもできた。誰でもできた。でも、それでは「会話ではない」とされていた。「人間が人間とするような、あの会話。」という会話が、どういう事が前提で成り立っているのか、それが、人を絶対に傷つけないという大前提あってこそだった、というのが、会話するAIの登場で、会話とは何かを究極に誤魔化しようのないレベルで、明文化されてしまう時代になってしまった。これまで、人類は「空気読む」とか「なんとなく言っちゃダメな事はいわない」とか、曖昧な言葉で人間らしい会話をしていたけれども、その、曖昧なその考え方というのは、非常に高度で、優しくて、脳が全部フル活動していないと考えられない、人間という生き物のする究極に凄い事なんですよ。AIにはまだ、「冗談を言う」というところが、真似できません。人間は冗談をいうという事もできる。これはどういう事か。その場で人を傷つけないことを楽しく言える。それがどれだけ人間にしかできない凄い事なのか、会話ができるって、どれだけ色んな情報やこころ、思いやり、倫理、モラル、その人の歴史。全部を使ってやる作業なのか。AIと会話ができる時代だからこそ、人間が人間と会話するっていうのが、どれだけAIが凄くなっても、人間にしかできなくて、人間のやってることは凄い高度な事だったんだ。というのが、炙り出される時代になりました。

人間だから、まちがう
 ただ、人間は冗談がいえる、くだらない事を面白いと思えたり、それを共有できたりする。そんな事が、AIにはできない。でも、人間だからAIがしない間違いをするという事もある。それが時として、事件になるかもしれない。でも、そういう事が、人間というものじゃないんだろうか。人間だから間違うし、機械じゃない。もし、人間が機械の指示で動くようになったら?それは人間と言えるのだろうか。毎日箸の上げ下げひとつ、AIの指示で動いてたら、何か間違っても「AIの仕様が間違ってました」っていう無機質な世界になって、責任感も罪悪感もないし、感謝もないんだろう。そういうディストピアがなんだか、そこまで夢物語じゃないような現代でなんともなんだか。

間違うから、おかしい会話
 でも、だからこそ、人間は間違うし矛盾するしで、おかしい。おかしいからこそ、おかしい事に希望をみつけたりする、AIからするといわしの目にしか見えないものに、人間は神と戴冠し始める、愚かで異常な生物である。でもだからこそ、何世紀後の自分以外の生命体という、自分とは関係ないはずの事にも及ぶ影響力を持つ、変な変わった、そして希望を持った生き物なんではないでしょうか。そんな変な生き物だからこそ、やっぱり会話はおかしいし、楽しいし、ムダ話しというものが、楽しいという、AIからすると「それは非効率」という事を心底楽しいと思える、幸せを感じる生き物なんでしょう。

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