げんのう ☆
- カテゴリ:日記
- 2026/02/12 13:16:33
亡き父が建築の先生をしていたので、
子供の頃から大工さんや左官屋さんそのほか
色々な人たちの仕事を身近で見る機会があって・・
子供の頃の私はとてもその仕事に興味があって好きだったので
父の跡を継ぎたいとほんわか思ったりもしていたのですけど・・
女である私はまるっきり無視されて、父は男である弟のみ
弟が頼みもしないのにいろんなことを教えていきました。
かと言っても、結果的に、弟はそう言った仕事が好きなわけではなく、
結果的にお金儲け目的に全然違う仕事を選んだわけですが・・
父が亡くなった跡、父が若い頃に作った大きな割としっかりした
車庫サイズの納屋とか
たった一人で解体したりと、かなり父の技術は身についていたようです・・
その父の私が持ってる唯一の形見がげんのう・・
とは言っても調べてみたら正しくはげんのうではなく、
ただの金槌なのですけど・・
父の愛用品?で・・
父はお金がなかった頃になけなしで揃えた道具を
一生大事に使っていたのですけど・・
道具の整理だったり研ぎなどは几帳面にきれいに
しょっちゅう手入れしていたのに・・
若い頃から使っていた金槌やドライバーなどは一度も
洗ったのをみたことはなく・・
研ぎとか、性能に関わる場所は丁寧に磨いたりはあっても
金槌に至っては手垢もついてとても汚いのに一度も
洗ったり拭いたりしたのをみたことがありませんでした・・
父が現役を退くと、大工仕事もご近所に頼まれて
あちこち直したり、程度で、道具もほとんど使わなくなり・・
私は子供の頃から家具作りだったりちょっとした木工が大好きだったので
こっそり父の金槌を何かの時に手元において・・
結局父が亡くなって実家もなくなり・・
あれだけあった父の道具たちもどうなったのかわかりませんけど・・
気づいてみたら父の愛用していた汚い金槌のみが
父の遺品として手元に残っていました。
私は父との折り合いが悪く、父の遺品なども欲しいとは思っていなかったのですけど
数年前に、久しぶりに道具箱の中の父の金槌を見て、
あまりの汚さに初めて綺麗に洗ってみたのですけど・・
当たり前ですけど、同じものとは思えないほど綺麗になって・・
あの見慣れた父の汚い金槌とは思えないほどでした・・
昔の人って道具は大事にしても綺麗にする、はあまりなかったような
感じがしますけど・・
父はいつも金槌のことをげんのう、と呼んでいたので・・
昔はげんのうと言ったのかな?と思って検索してみたら・・
げんのうは別物なのですね・・
げんのう(玄能/玄翁)は、
大工や石工が鑿(のみ)を叩いたり、木材の打ち込み・調整に使ったりする、両端が平らな頭部を持つ鉄製の金槌です。一般的な金槌と異なり、頭部両端が尖っていないのが特徴で、片面が平坦、もう片面が緩やかな凸面(片凸)になっていることが多い工具です。
とあるので・・
普通の金槌だった父のげんのうは正しくはげんのうではなかったみたい・・
それでも、後年いくらでも高価で良い道具を揃えることも可能だったはずなのに・・
結局父は若い時から使ってた道具を一生使い続けて新調することは
ありませんでした・・
今はアプリがあるので設計図のトレースなども
必要なくなってますけど・・
父が設計図を書く際、鉛筆の芯を長く長く細く削っていたのと・・
設計図用の定規類など、当時の私には憧れで・・
いつか書いてみたいなあ、と思っていたのですけど・・
今はAIもあるので父が苦労していた設計図の手間も
今ではほとんどないのかもしれません・・
それにしても・・
父の持っていたげんのうを見ると、それこそ今ではその辺で
1000円もせずに買えそうな道具なので・・
父の若い頃の物価や時代の流れを感じますね・・

























おそらく私が男だったら父も私を可愛がって色々教えてくれたと思うのですけど
私が女であるということで色々聞いてもほぼ無視、そして弟が男だということで
男は何をしても許される別格、的に育て、どこに行くにも弟だけ連れて行く、
という可愛がりようだったのですけど・・
残念ながら弟は才気がゼロで両親の期待に応えるどころか
全く何にも才能もなければ意思も野望もなく、それなのに
両親は異常とも言える可愛がりようで小学校で鼓笛隊に入ればトランペットを買い与えたり
中学校ではドラムセット、バイクが欲しいと言えば高級バイク
小学生のうちにかなり高価な天体望遠鏡も買い与え、小学校4年で
ボーイスカウト的な少年冒険催しでハワイに出す、というありさまでした^^;
当時の私は建築にものすごく興味があったので、
父の女だから、といううガン無視は悲しかったのですけど・・
後で考えてみれば、そのおかげで別の道に進むことになったので
それはそれで運命だったのかも・・
多分、私が男であれば両親に溺愛されてとんでもない性格になったかもですね^^;
何も考えてないフニャフニャの弟ですらあんな穀潰し状態になってしまったので・・
金槌もそうですけど・・
当時父の交友関係で職人さんが結構家に出入りしていて
かんなを持たせてもらったり、左官道具を触らせてもらったり墨引きもやってみたことがあるのですけど
一見見本ですすっと簡単にやって見せてくれるのに鉋屑も綺麗に出すって全く無理で
あの域に行くまでって相当大変なのだなあ、と子供心に思いましたっけ・・
でもまだまだ機会があれば建築や家具作り、手を出していきたいと思ってます^^
お父様の姿に憧れていた小さなシシルさんが目に浮かぶようです。
大工さんって、目の前にいろんなものを魔法のように作るし、
ましてや、他の大人に教えていたとなると、もう、
すごい!とか、かっこいい!としかいいようがありませんね^^v
お父様がげんのうと呼んでいたものは厳密にはげんのうではなかったようなのですね~
あの頃、高価だったものが今では安くて手に入るので、
金槌が貴重だという感覚は薄れてしまいましたが、
金槌を手にとると、私は、物としての価値の重みを感じます。
こんなに安くていいのかなぁと思ってしまいますが、ものの価値って時代で変わるんですね~^^