Nicotto Town



アンカレッジの残り火

テッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港の滑走路は
凍てつく意志の線(ライン)だ
太平洋をまたぐジャンボの喉が
給油車から重油をあおり、深く、重く、唸りを上げる
かつてここは、世界の十字路だった
冷戦の影をかすめ、極北を越えるための聖域
一時の安息と、焦げたコーヒーの苦み
アラスカ航空の機体が吐き出す吐息は白く
男たちの背中には、語られぬ旅路の泥がこびりついている
操縦桿を握る手は、もはや温もりを忘れた
計器の針が刻むのは、時間ではなく孤独の深さ
マッキンリーの頂を、月光が銀色に研ぎ澄ます
フライトレーダー24の点滅が消えれば
そこから先は、神もあきらめた静寂の領域だ
「高度を上げろ」
誰に言うでもない呟きが、コックピットに沈む
最後の一機が離陸する時、アンカレッジは眠りにつく
氷に閉ざされた滑走路の果てに
俺たちが求めた「答え」など、最初からなかったのだ
さらば、北の補給地(ハブ)
俺はもう、重力も、過去も、振り切っていく
フイヨルド トロンハイムの桟橋
テッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港から飛び立ち、白夜を縫って辿り着いた果ての町。
ここはノルウェーの古都、トロンハイム
空路の果ての、静かな墓標のような場所だ。
着陸の衝撃はなかった。
凍りついた意思が、滑るようにフィヨルドの入り江へと機体を導いた。
錆びついた漁船が係留されている桟橋に、俺は一人降り立つ。
ノルウェーの港町を覆う朝霧は、アラスカの吹雪とは違う、湿った、重い沈黙だ。
誰も俺を待ってはいない。
俺も誰も待ち望んではいない。
ただ、海がテーマの小説のように、波止場に打ち寄せるさざ波の音が、かつて愛した女の囁きのように聞こえるだけ。
年老いた男が、黒いコーヒーを差し出した。
熱い湯気が、冷え切った指先に束の間の命を吹き込む。
「どこから来た」と尋ねられ、俺はただ空を指した。
そこにはもう、フライトレーダー24の点滅も、過去もなかった。
ポケットからくしゃくしゃになった写真を一枚取り出し、マッチで火をつけた。
燃え尽きる灰が、霧の中に消えていく。
残ったのは、焦げた紙片と、世界の果てで一人立ち尽くす俺という存在だけ。
俺はもう、飛ばない。
ここで、俺の「最後の飛行機」は、終わりを告げたのだ。

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