忘却の薄暮
- カテゴリ:人生
- 2026/04/12 10:09:49
あさましい、とはこのことか。
かつては、私の背をあたたかく包んでくれたその手で、
母は、自分の便(べん)を弄(まさぐ)り、
お気に入りの牡丹(ぼたん)の茶碗を、
庭の石へ投げつけて割った。
ああ、なんと、滑稽で、悲しい、絵画のような光景。
かつては、私の背をあたたかく包んでくれたその手で、
母は、自分の便(べん)を弄(まさぐ)り、
お気に入りの牡丹(ぼたん)の茶碗を、
庭の石へ投げつけて割った。
ああ、なんと、滑稽で、悲しい、絵画のような光景。
「あなた、だれ?」
一日三度、私は、知らない男に生まれ変わる。
母の青い瞳は、どこか遠くの、
誰もいない海を見つめていた。
それは、私などよりずっと、美しい景色だったのだろう。
一日三度、私は、知らない男に生まれ変わる。
母の青い瞳は、どこか遠くの、
誰もいない海を見つめていた。
それは、私などよりずっと、美しい景色だったのだろう。
恥じ入るべきは、私だ。
母を「困った老人」として扱い、
心のどこかで、死を待っていた。
母の脳が、砂時計のようにさらさらと、
私との記憶を零(こぼ)し落としていくのを、
私は、悲しむふりをして、
冷ややかに観察していたのだ。
母を「困った老人」として扱い、
心のどこかで、死を待っていた。
母の脳が、砂時計のようにさらさらと、
私との記憶を零(こぼ)し落としていくのを、
私は、悲しむふりをして、
冷ややかに観察していたのだ。
ああ、それでも、夕暮れ時。
母がふと、正気に戻ったような顔をして、
「お父さん、もう帰らなきゃ」
と呟くとき。
私は、太宰のように、
その白髪(しらげ)の頭を抱きしめたかった。
本当は、生きていて欲しかった。
ボロボロの、記憶の亡者になっても。
母がふと、正気に戻ったような顔をして、
「お父さん、もう帰らなきゃ」
と呟くとき。
私は、太宰のように、
その白髪(しらげ)の頭を抱きしめたかった。
本当は、生きていて欲しかった。
ボロボロの、記憶の亡者になっても。
母が死んだ。
あの、割れた牡丹の茶碗は、まだ庭にある。
私は、もう誰のことも愛せない気がする。
いや、違う。
私は、誰からも、もう愛されたくないのだ。
この、恥ずかしい、哀しい記憶だけを、
道連れにして。
あの、割れた牡丹の茶碗は、まだ庭にある。
私は、もう誰のことも愛せない気がする。
いや、違う。
私は、誰からも、もう愛されたくないのだ。
この、恥ずかしい、哀しい記憶だけを、
道連れにして。

























