Nicotto Town ニコッとタウン

スマホ版あります♪



琥珀の中の残骸

重いドアを押し開けると、安っぽいジャズと、
誰かが吐き出した過去の匂いが混じり合っていた。
カウンターの隅、止まり木に腰を下ろし、
指先で氷を転がす。
「春の星屑を、一杯」
冗談のつもりで頼んだが、
バーテンは眉ひとつ動かさず、
琥珀色の液体をショットグラスに注いだ。
グラスの底で、砕かれたクラッシュアイスが光を弾く。
都会の空から振り落とされた星の死骸も、
こうして冷やしてしまえば、ただの飾りにすぎない。
喉を焼くアルコールだけが、
唯一、俺が生きていることを証明していた。
「季節が変わりますね」
隣の男が、使い古された挨拶を投げてくる。
俺は答えず、代わりに煙草の煙を吐き出した。
春が来たからといって、
失ったものが戻ってくるわけじゃない。
ただ、痛みの輪郭が少しだけ、ぼやけるだけだ。
隣の席の飲み残し、ソーダの気泡がはじける音。
それが、砕け散った星たちの最後の叫びのように聞こえた。
俺たちは皆、このカウンターという名の岸辺に打ち上げられた、
季節外れの漂流物。
最後の一口を飲み干し、
コースターの上に数枚の紙幣を置く。
店を出れば、そこにはまた、
春特有の、あの落ち着かない闇が広がっているはずだ。
「あばよ、星屑ども」
心の中でそう呟き、
俺は一度も振り返らずに、止まり木を降りた。

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