Nicotto Town ニコッとタウン

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居留地の残照

南山手の坂を上れば、風の中に海が混じる。
「十六番館」の白い木造の壁は、
かつて居留地と呼ばれたこの街の、誇り高い沈黙だった。
二人で歩いた石畳、あの不規則なリズム。
お前はいつも、俺の足元を見て溜息をついていたな。
「あなたは地に足がついていない。いつも飛んでいるから」
その口癖は、まるで俺を現実という重力に引き留める
優しい呪文のようだった。
お前の隣を歩いている時だけ、俺は自分が
この街の一部になれたような気がしていたんだ。
散歩の終わりは、決まって「喫茶ウミノ」。
観光通りの喧騒の中、重厚な扉を開ければ、
そこには外の世界とは違う、琥珀色の時間が流れていた。
銀の器に盛られたミルクセーキの冷たさと、
お前の言葉の、少し刺すような鋭さ。
今、十六番館は門を閉じ、
あの場所にあった「ウミノ」も、もうここにはない。
思い出の拠り所は、ひとつずつこの街から消しゴムで消され、
俺は本当に、地面との接点を失ってしまった。 
お前の言う通りだ。
俺は今も、あの日の石畳の上で、
行き場のない影のように、ふらふらと浮いている。
お前の叱り声が聞こえないこの世界で、
俺はどうやって、地面を踏みしめて歩けばいい?
街の灯がひとつ、またひとつと、
ハーフ・ムーンの瞳のように、静かに滲んでいった

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