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五月の月


五月の夜風は、使い古したシルクのハンカチのように、街の汚れをなでていった。
だが、そんなのはただの気休めにすぎない。
空には、磨きそこねた銀貨のような月が浮いている。
そいつは安物のバーの照明みたいに、路地裏のゴミ箱や、行き場を失った酔いどれの影を、容赦なく白日の下に曝け出していた。
お節介な光だ。黙って暗闇に任せておけば、世の中の半分はもっとマシに見えるというのに。
私はタバコをくゆらせ、その不機嫌な光を見上げた。
月は何も言わない。ただ、冷めたスープのような色をして、そこに居座っているだけだ。
五月特有の、あの鼻につく花の香りが、どこからか流れてきた。
都会の毒を、花の香りで誤魔化そうっていう魂胆だろう。
「いい月ね」
隣で女が言った。声はハスキーで、少しばかり嘘の混じった響きがした。
私は答えず、灰皿にタバコを押し付けた。
「ああ、そうだ。おかげで、逃げた猫の死体までよく見える」
月の光は、救いじゃない。
ただ、隠しておきたい真実を照らし出すだけの、無機質な証拠物件にすぎない。
私はコートの襟を立て、月という名の監視カメラから逃れるように、夜の闇へと足を向けた。

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